囚われのシンデレラ【完結】
「奥様と一緒にいらした方がどなたかは存じません。ですが、常務の今の表情を拝見すれば、先ほどの光景が常務にとって苦しいものだというのはわかります。こうして、避けるように引き返されたことからも」
前を向いたままでいた細田さんが、こちらへと顔を向けた。
「苦しい気持ちになられたのなら、あの場に出て行かれるべきでは? 常務は夫です。その権利がおありになります」
「いや……。分かっていることだ。出ていくまでもない」
細田さんから顔を背ける。
あの場に俺が出て行って何を言う――?
あずさと気まずくなるだけだ。
「失礼をお許しください。お気に召さなければ、クビにしていただいても構いません」
それでも、細田さんはやめなかった。
「常務は、何をそんなに恐れておられるのですか? 奥様の愛情についてですか?」
「恐れてなど――」
「もし、見当違いならお聞き流しください。
今、常務が奥様を疑っていらっしゃるのなら、そう奥様に言えばいいのです。
人はそう容易く他人を信じられるわけではありませんから。心から愛している人なら、なおさら信じるのが怖いもの。それは、信じた気持ちを裏切られた時の傷が深いからです」
いつもの柔和な目が俺を真っ直ぐに見ている。
「無条件に信じろなどとは言いません。でも、大切な人には、臆病になってはいけません」
臆病――。
「臆病さは、人の目を霞ませてしまいますから。臆病でいると、時に、真実を見誤ってしまうことがあります」
そう言い終えると、いつもの顔に戻りにこりとした。
「……なんて、無駄に歳を重ねた人間の、失敗だらけの人生から得た教訓です。つい、小さい頃の常務と話をしているような気になり、出過ぎたことをいたしました。またお喋りが過ぎましたね。では、そろそろ戻られますか?」
「はい……」
7年前にあずさと一緒にいた頃は、あずさを心から信じあずさを真っ直ぐに想っていた。
だとしたら――。
あの頃の方が、本当のあずさの姿を見ていたことになるのだろうか。