囚われのシンデレラ【完結】
車寄せに進入した時には、もうあの二人の姿はなかった。
車を降りて、マンションのエントランスへと入る。玄関ホールに置かれているソファに、一人座るあずさの姿があった。恐る恐る、そこへと近付く。
「あずさ」
「……西園寺さん」
俺が声を掛けるまで、俺の気配にまったく気付かなかったようだ。驚いたように俺を見上げて、慌てて立ち上がった。
「今、お帰りだったんですね。おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
その表情はまだ、どこか心ここにあらずといったものだった。
「……あずさ、どうした?」
「あ……っ、は、はい。ちょうど今、母の所から帰って来たところなんです。それで」
「そうか……」
なぜ、あの男がここにいたのか。
なぜ、この家を知っているのか。
あの男といる時のあずさは、なぜいつも辛そうなのか。
聞きたいことはいくらでもあるのに。
どうして、こうも、あの男のことをあずさに聞くのが怖いのか――。
そんな自分が嫌になる。
あずさの口からあの男の話を聞きたくないという、この感情は何なのだろう。
7年前、俺の中のあずさは俺だけのものだった。俺のことだけを想ってくれていると信じていた。
あの頃と姿かたちが同じ目の前のあずさが、あの男のことを口にする姿を見たくない――そんな、子供じみた感情。
それが、細田さんの言う”臆病さ”なのだろう。
――大切な人には、臆病になってはいけません。
細田さんの言葉が頭を過り、会話を終わらせようとした自分を止めた。
「何かあったのか? 何か困っていることがあるなら、言ってみろ。いちおう、俺はあずさの夫だ。相談くらいにならのれる」
「西園寺さん……」
俺を見上げるあずさを真っ直ぐに見つめた。
その激しく揺れる目を見ているとすぐに逸らしてしまいたくなるが、それではこれまでと同じだ。
こうして夫婦でいる間はせめて、夫として、あずさを楽にしてやりたい。そう思えば、ここでもう一歩踏み込める。
でも、あずさは何も言わなかった。
「い、いえ。特に、何も」
「そうか」
俺には話したくないことなのかもしれない。
それも不思議はない。心の奥で感じている痛みを追いやり、改めてあずさを見た
「じゃあ、帰ろう」
「はい」
そう言って歩き出すと、無言のままあずさが付いて来た。
エレベーターに乗ってもあずさはずっと何かを考え込んでいるようだった。
ドアの鍵を開け玄関に入った時、あずさが何を思ったのか不意に俺のコートの腕を少し掴んだ。それに気付いて、振り向く。
「……やっぱり。西園寺さんにお願いがあります」
細い指が、コート越しの腕を握りしめた。
「なんだ?」
少しでも言いたいことが言えるように、出来る限り優しく問い掛ける。