囚われのシンデレラ【完結】
お店を出た時、風が身体に吹き付けた。風は冷たくても、もう刺すようなものじゃない。春の匂いがする。
「タクシーに乗ろう」
そう言って歩き出した西園寺さんの背中に、思わず声を掛けてしまった。
「あ、あのっ」
「ん? どうした?」
長身の背中が翻る。
「マンションまで、歩いて歩けない距離じゃないし、」
こんな風に夜の街で一緒にいられるのなんて、今度いつになるか分からない。
だから――。
「もしよかったら、散歩がてら、歩いて帰りませんか……っ?」
――と、ほろ酔いの勢いのままに言ってみたものの。すぐに、西園寺さんが疲れているのだということを思い出した
「――あっ、でも、やっぱりいいです! もう遅いし、お酒もだいぶ飲んじゃったし。タクシーの方が早いし、その方がいいですよね」
少しでも長く西園寺さんとの時間が続いてほしいと、自分のことしか考えていなかった。
「……酔い覚ましに歩くか。確かに、ちょっと飲み過ぎたから」
「――えっ?」
「歩いても20分くらいだろ。たまには、夜の散歩もいいな」
私の方へと振り返った西園寺さんの言葉に、ただ立ち尽くしてしまった。
「ほら、行こう」
「は、はいっ」
西園寺さんと一緒に歩ける。
私に、20分という時間をくれてありがとうございます。
意味もなく、天に感謝した。
都会は、夜も動いている。大通りには車も多く走っているし、歩道にも人が行き交う。
そして、私のすぐ目の前には西園寺さんの広い背中がある。こんな風にじっと気の済むまで見つめることなんて、なかなかできない。ここぞとばかりに、西園寺さんの後姿を凝視しまくった。
後ろ髪がきちんと切り揃えられていて、本当にきっちりとしている。
スーツに覆われている肩甲骨あたりの張りに、男の人の色気を感じる。
片方の手だけポケットに入れすらりと伸びた脚は規則正しく動き、ぴんと伸びた背中が西園寺さんそのものを表しているみたいで。その背中を見ているだけで、胸がぎゅっと締め付けられる――。
「……わあっ!」
そんな風にただ背中だけを視界に入れて歩いていたら、それが突然壁のようになってぶつかった。
「大丈夫か?」
驚いたように振り返った西園寺さんと目の前にある赤信号で、信号待ちのために立ち止まったのだと分かった。
「すみません! よそ見してました」
額を手で押さえつつ謝ると、腕を不意に掴まれた。
「後ろにいたんでは、君が何をしているのか見えない。それに――」
その腕を引き寄せられる。
「せっかく二人で歩いて帰るんだ。後ろにいないで、隣を歩いてくれ」
そして、西園寺さんの隣へと引っ張られた。
「そ、そうですよね。すみません――」
私の右腕を掴んでいた西園寺さんの手のひらがそのまま滑り落ちて来る。
「……手、繋ぐか?」
思わず、隣の西園寺さんを思いきり見上げてしまった。
「お互い酔ってるし、こうして歩く方が安心だから。でも、嫌なら――」
離れて行こうとした西園寺さんの手を思い切り強く握り締めた。
「こ、この方がいいです。このままがいいです」
「……そうか」
西園寺さんの指が私の指にゆっくりと絡まる。
激しく心臓は騒いで、繋がった手のひらにまで伝わってしまうんじゃないかと思うのに、この手を離したくなくて力を込める。