囚われのシンデレラ【完結】

 東京のど真ん中にある街を歩いているのに、まるで西園寺さんと2人しかいないみたいだ。

 何も言葉を交わさない。こうして歩けるだけで胸がいっぱいになる。触れる西園寺さんの手のひらに泣きそうになる。

このままどこまでも歩いて行けたらいいのに――。

お酒のせいでも、夜の月のせいでもいい。

理由なんて何だっていいから、今は、西園寺さんを私だけのものにさせてください――。

そう願いながら歩いた。

 それでも、必ず終わりはやって来る。マンションに着いた時、夢から覚めて何もなかったかのように、その手は離れて行った。

 初春の夜は、切なくて苦しくて、でもとても優しいものだった。

――それから二日後。西園寺さんは出張へと出かけて行った。


 西園寺さんとの約束を守るため、出掛ける時には細田さんに連絡をした。

「本当に、申し訳ありません」
「もう、謝るのはおやめください。こちらも職務でしていることです。あまりに申し訳なさそうにされてしまいますと、こちらも恐縮してしまいますから」
「それもそうですよね。じゃあ、一週間よろしくお願いします」

運転席にいる細田さんにそう告げた。

 この日は、ソコロフ先生のレッスンがある。レッスン場所である、いつもと同じセンチュリーホテルへ送迎をしてもらった。

”――今日は、あずさと少し話をしようと思うんだ”

レッスンの後、ソコロフ先生が改まったようにそう切り出した。

 ソファに座るように言われて、ソロコフ先生の向いに腰を下ろす。木藤さんも通訳のため私の隣に座った。

”三か月近くレッスンをしてきた。これまで、かなりきつい量の課題も出した。厳しいことも言って来た。でも、あずさは一度も無理だとは言わずそれをこなして来た。私が、一人のプロとして君に言おう”

以前よりは、ソコロフ先生の言葉が分かるようになった。それは本当にところどころだけれど。

”もしあずさが望むなら、モスクワの音楽院の教授に君を紹介してもいいと思っている”

「……え? それって――」

私の聞き間違いだろうか。

「先生は、あなたが音楽院に入学できるレベルにあるって言ってるのよ」

隣に座る木藤さんが続けて言った。

”夏の終わりに入試がある。モスクワに留学する気はあるか?”

突然の言葉に、全然理解が追いつかない。

私が音楽院?
まさか。私に、そんな実力あるはずない――。

”君の年齢を考えれば、ただ留学するくらいならやめた方がいい。自分を追い込み高みを目指す。2年後のチャイコフスキーコンクール。これを目標にするんだ”

「ちょっと、待ってください。私が? チャイコフスキーって、そんな……っ」

私はただ、ひたすらにソロコフ先生のレッスンについて行くのに必死で、目の前の課題に食らいついて来ただけだ。

< 237 / 365 >

この作品をシェア

pagetop