囚われのシンデレラ【完結】
総座席数100に満たない、こじんまりとしたホール。この演奏会は、クラシック音楽の敷居を下げて、誰にでも楽しんでもらいたいというコンセプトだと聞いた。
お客さんとの距離も近いから、一人一人の表情もよく分かる。グランドピアノの前に木藤さんと私が並んで立ち、二人揃って頭を下げた。
その時、一番後ろの席に座る西園寺さんの姿が視界に入った。まだ、西園寺さんが恋人だった頃、こうして演奏会に駆け付けてくれていた姿と重なる。
今そこで、西園寺さんは何を思って見てくれているんだろう。
私にもう一度バイオリンを手にさせて、レッスンを受けさせて。
こうして、演奏をすると言えば見に来てくれる――。
西園寺さんの視線とぶつかる。私を見ていてくれる。あの頃と同じだ。
視線を木藤さんに移し、頷きあう。
ピアノの伴奏が始まり、カノンを演奏し始めた。バロック時代の、ゆったりとした優美な曲。誰が聴いてもすっと耳に入って行く、分かり易くて胸を打つ旋律だ。
ホテルの部屋やマンションで何度も木藤さんと合わせたのに、やはりホールの響きは全然違う。二人で奏でた音が、どこまでも広がって行く。
カノンを弾き終わると、観客から拍手が起きた。久しぶりの拍手にじんとして、自分の出した音が聴いている人に届く瞬間の感覚が蘇り始める。
そして、2曲目リベルタンゴ。カノンとはがらりと曲風が変わる。独特のエキゾチックなリズムが魅力的な曲だ。最初は、木藤さんがスローテンポで旋律を弾き上げる。既に、官能的で高揚感のあるメロディーが聴衆を惹き付ける。
そして、ビアノがリズミックな伴奏を奏で、2台のヴァイオリンで激しいリズムを刻んでいく。
迫りくるスピード感、追い立てられるリズム――それらを、身体全部を使ってバイオリンを鳴らして。木藤さんと私と、そしてホールが一体となるような爽快さが身体中を覆い出す。
ほとばしるリズムが、私自身を音楽に乗り移らせるみたいだ。緊張感なんていつの間にかどこかへ行ってしまって、楽しくてたまらない。
音楽と身体が一つになる感覚。弓を高速で上下に動かし、木藤さんと向き合って競い合うように高めて行く。
まるでロックバンドのように木藤さんと頭を振りまくって。相乗効果で高まるリズムがお客さんをも巻き込んでクライマックスへと盛り上がって行く。頂点に向かうように2人でユニゾンのメロディを駆け上がり、弓を天へと解き放った。
見上げた天井のスポットライトが、真っ白に見えて。額から流れた汗に、達成感と興奮を覚えた。
一瞬の静寂の後、一際大きな拍手が鳴り響いた。大きく息を吐き観客を見渡す。
楽しくて、幸せで――。
胸がいっぱいになる。父が亡くなってから、またこんな瞬間を味わえる日が来るなんて想像もしたことがなかった。