囚われのシンデレラ【完結】
病院を出ると、漆黒の空に大きな月が浮かんでいた。
人通りのない道を歩き出した時、自分の車を社に置いたままにしていることに気付いた。
とにかく頭を冷やしたくて、ただ歩き続けた。身体中が鉛のように重い。
――もう、おまえなど必要ない。
初めて、漆原からその言葉を引き出せた。それだけでもここに来た意味がある。これまで、いくら口で言っても伝わらなかった。
この状況だからこそ、俺が冷酷な男だと理解させることに徹した。
公香さんの、命の危機にあるこの状況を利用したのだ。人の命がかかっているというのにそれさえも利用した。
もしこのまま公香さんが亡くなるようなことがあったら、地獄に落ちるかもしれないな――。
地獄くらい、いくらでも見る覚悟はできている。
漆原の言った『今のうち』という言葉。それが引っ掛かる。
俺が知らないでいることが、やはり裏にあるのか。何か知らないことがあるうちは、どうすることも出来ない。
漆原は、一体何を考えている――?
あずさに何かあったら――それが何より怖い。あずさを守れるのは俺しかいないというのに。
いつもいつも、無力な自分を突きつけられてばかりだ。
自宅にたどり着いた時には、時計は深夜2時を示していた。
さすがにもう寝ているだろう。そう思って玄関ドアを開けると、リビングダイニングに続くドアのガラスから廊下に明かりが漏れていた。
恐る恐る扉を開けると、リビングにあるソファに寝間着姿のあずさが腰掛けていた。背もたれに身体を預け、バイオリンを手にしたままで眠っているようだ。
そのあずさの元へと近付く。目を閉じているから、ついその顔を見つめてしまう。
練習しながら寝てしまったのか……。
そんなあずさに、疲れて強張る心が緩むのに、次の瞬間には苦しくなる。
そっと伸ばした手で頬に触れた。少し幼い顔になって眠るあずさを見つめれば、何も知らせたくないと強く思う。この顔を苦悩で歪ませたりなんかしたくない。
あずさからそっとバイオリンを取り、その身体を抱き上げた。腕の中で無意識に身を寄せて来る愛しい存在に、胸の痛みは増すばかりだ。
あずさのベッドへと運ぼうとあずさの部屋の前まで立ち止まる。そして踵を返した。
自分の部屋のドアを開け、そこにあるベッドに横たえる。
廊下から漏れ出る明かりだけの薄暗い中で、横たえた身体に布団をかける。その時、張り詰めていた感情が溢れ出し、思わず眠るあずさを抱きしめてしまった。