囚われのシンデレラ【完結】
それから朝食を一緒に食べて、シャワーを浴びた西園寺さんを無理やりに寝室に押し込んだ。
「……せっかくあずさといられるのに、こんな時間から寝てしまうのは時間が勿体ない」
「ダメです。ちゃんと寝ないと身体を壊します」
なんとか笑って見せるけど、どうしても歪んでしまう。
勿体ない。それって、私たちの時間には限りがあると言っているようなもの。西園寺さんの言葉一つ一つが敏感に心を刺激する。
「……あずさは、何をするんだ?」
横たわる西園寺さんが私を見上げた。
「家事と練習……あ、でも、練習はうるさいからやめておきますね」
「やめないで。構わず練習してくれ。あずさのバオリンの音があれば、きっとすぐに寝られるから」
そう言って、西園寺さんがそっと私の前髪に指を伸ばした。泣き腫らした瞼を露わにする。
「一人でいる時は泣かせたくない」
「……大丈夫。泣きませんから。だから今は、眠ってください」
その苦しそうな眼差しに、なんとかもう一度微笑む。
リビングでバイオリンを手に取った。
『離婚してほしい』
でも、すぐにその言葉が頭をぐるぐると回る。
早く音を出さないと――。
そう思って無理やりにバイオリンを構える。西園寺さんの寝室は廊下を挟んだ向こうにあるけれど、ここから音は届く。音が聴こえなければ、どうしたのかと心配させてしまう。
エチュードはそこそこに、曲の練習に入った。西園寺さんに眠りについてもらうためにも、少しでも心地よいものがいい。
私をもう一度バイオリンに向き合わせようとしたとき、西園寺さんは『役員の妻として特技の一つもないと恥ずかしいから』なんて言った。私はその言葉を真に受けて必死に練習した。
でも、そのうち、私がバイオリンを弾くと、いつも冷たい西園寺さんが喜んでくれているように見えて。少しでも笑ってほしくて練習した。
そうしているうちに、いつのまにかまた、バイオリンを弾く喜びを思い出していた。気付けば、舞台で演奏する喜びも思い出させてもらった。
それは全部、西園寺さんが私に再びバイオリンを手にさせたことから始まった。
気を抜けば溢れそうになる涙をこらえるために、ただ弾くことに集中する。ただ必死に、西園寺さんに聴かせているのだということだけを考えて弾き続けた。
「……俺は、やっぱりあずさの出す音が好きだ」
疲れの溜まった腕を下ろした時、突然、西園寺さんの声がした。その声の方に顔を向けると、リビングの入り口あたりに立ち私を見ていた。
「今、何時ですか? 眠れなかった?」
「もう昼過ぎだ。ちゃんと寝られたよ。眠る時も、目が覚めた時も、あずさの音がしていて、心が癒された」
そう言って、こちらへと近づいて来る。