囚われのシンデレラ【完結】


 出勤する西園寺さんを見送る。それはいつもと変わらない光景だ。

「今日は、ソコロフのレッスンの日だったな」
「はい」
「ここに来てもらうように、俺からソコロフに頼んでおく」
「でも――」

相手は世界的バイオリニストだ。気が引けてしまう。

「今はまだ、あずさを外に出したくない。この前も、送り迎えをしても公香さんがあずさに接触したりした。注意してし過ぎることはない」

私と西園寺さんがこの状態でいる以上、西園寺さんの心配は消えない。私は、何も分かっていないのかもしれない。

「……大丈夫。ソコロフの負担にならないように、こちらですべて手配をするよ」

私の表情を察したかのように、西園寺さんが私の肩をぽんと叩いた。

「わかりました」

朝になっても、西園寺さんは離婚の話には触れて来なかった。私があんなにも取り乱してしまった姿を見たら、何も言えなくなってしまったのかもしれない。

 このままではいられないのは分かっている。


 レッスンが予定されていた時間に、ソコロフ先生と木藤さんがやって来た。

"来ていただいてすみません"
"いや、大丈夫だよ。佳孝がいい車を手配してくれた"

そう言って先生が笑う。

 リビングへと二人を案内して、ソファに腰掛けてもらった。

"――早速だけど。まず、あずさと話をしておきたい"

その言葉に身構える。

"自分の心の声に耳を傾けた?"
「え?」
「留学のこと。モスクワに行くのかどうかのことよ」

木藤さんが助け舟を出す。

以前、ソコロフ先生から話してもらった。

『君にその気があれば、モスクワの音楽院の教授を紹介できる。そして、チャイコフスキーコンクールを目指せる』

西園寺さんも私に同じことを言った。

"あの……。教えてほしいことがあるんです"

ソコロフ先生に、まだ勉強途中のロシア語で聞いた。

< 309 / 365 >

この作品をシェア

pagetop