囚われのシンデレラ【完結】
「どんな弱音でもいい。心の中にあるものを、全部吐き出してみてください」
労わるような声は、まるで父親のようだった。
マンションの敷地内に小さな庭園がある。そこの住居者用のベンチに、細田さんが西園寺さんを座るように促した。もう既に暗くなっているこの時間、そこは怖いくらいに静かだった。
私は、二人の視界に入らない場所に身を隠す。
「ここには私しかいませんから」
西園寺さんが額に手を当て俯く。それを、辛抱強く細田さんが見守っていた。
「――今、自分がしようとしていることが、本当にいいことなのか、分からなくなって」
俯いたままでぽつりと漏れ出た声は、私の知らないものだった。
「愛している女が泣くのを見て平気でいられるわけない。あんなにも泣かせるくらいなら、何があっても一緒にいることを選んだ方がいいのかもしれない。俺だって、あずさと別れるのは身を切られる思いだ。一緒にいたい。でも、そう思いながら常に考えてしまうんです――」
堰を切ったように零れた言葉に、胸が痛いほどに締め付けられる。
「俺といることで、この先あずさに何かあったら。出会ったことすら悔いることになる。俺があずさを好きになったりしなければ、好きだと言ったりしなかったら。再会して、俺があずさに近付いたりしなければ。そばに置いて守ろうなんて、思わなければ……っ」
西園寺さんの心をそのまま表す絞り出したような声に、苦しくて胸のあたりを力の限りぎゅっと握りしめる。
「あずさに、辛い経験をさせずに済んだ。遥人も、公香さんも、漆原も、全部俺の関係者だ。誰より俺が、一番あずさを苦しめている。俺は、どうすることも出来なかった……っ」
「常務、そんなに自分を責めてはいけません。あなたが悪い訳ではない。必死に闘おうとしているではないですか」
「それに何の意味がある? 守るどころか結局あずさを泣かせて。俺は、愛する人に辛い思いしかさせていないんですよ。俺と出会ったばっかりに、あずさは――」
西園寺さんの肩が震えている。
もう、苦しくて息もできない。懸命に手のひらで口元を押さえる。
「背負っているものがあまりに大き過ぎた。そんな男が、あずさに近付いてはいけなかったんです。一緒にいても、別れても、どちらにしてもあずさを苦しめ傷付けることになる。そんな自分を許せると思いますか? こんなにも自分の身を呪ったことはない!」
違う――。
私は、西園寺さんに出会ったことを悔いたりしない。
大学生だった私が西園寺さんと出会ったことは、今でも変わらず宝物みたいだって思える。
どれだけ、私が西園寺さんに励まされ救われて来たか。幸せを感じられた時間があったのか。
「危険な目には遭わせたくないと言っても、あずさは何があっても構わないと言う。俺といたいと泣くんだ。そんな風に俺を想ってくれるあずさを、幸せにしてやることもできない……どうしようもない男です」
西園寺さんがどんな思いで私に別れを切り出したのか、何も分かっていなかった。
私が誰よりも西園寺さんを理解してあげなければならなかったのに。
私といる限りあの人は自分を責める。
私の身に何かあった時、西園寺さんは一生自分を許せなくなる。
西園寺さんに、私と出会ったことを悔いたりなんかさせたくない。
もう、自分を責めさせたくない――。
それ以上いられなくて、もつれる足を懸命に動かしそこから立ち去った。