囚われのシンデレラ【完結】
「だったら、反対なんてするわけないじゃない。お母さんね、今だから言えるけど、自分をずっと責めて来た」
母がその笑顔を歪ませる。
「家庭の事情で子供の夢を諦めさせることが、親にとってどれだけ辛いことか。申し訳ないなんてものじゃない。だって、近くであずさが努力していたのをずっと見ていたんだよ? 諦めさせざるを得なかった自分が許せなかったわよ」
「そんなこと……っ」
「だから、あずさがまたバイオリンを弾いてくれて、夢をもう一度見られるなんて、こんなに嬉しいことはないよ。西園寺さんも、お母さんの気持ちに近いのかもしれないわね」
優しく微笑むお母さんに、涙が込み上げる。
「今、彼が会社のことで大変なことを抱えてるの」
「西園寺さんが……?」
「これから、社長であるお父様の不正を告発しようとしている。自分のするべきことを全うしようとしてるの。この先、西園寺さんには想像できないほどの苦労が待ち構えている。そんな彼を、私は私のやり方で励ましたい。それがバイオリンだと思ってる」
母の目を真っ直ぐに見た。
「そばにいて支えるだけが、すべてじゃないよね? 離れていても、たとえ妻という立場じゃなくても、安心して困難に立ち向かえるように、私は彼を支えたい」
「それって、もしかして……?」
「うん。離婚しようと思ってる。ごめん、こんな報告をして。でも、お母さんには理解してほしい」
少しの無言の後、お母さんが口を開いた。
その表情は、すべてを察したようなものだった。
「……その離婚は、西園寺さんがあなたのことを思って望んだことなのね。あずさが、ちゃんと考えて納得してそれを受け入れようと決断したことなら、お母さんは何も言わないよ。お互いを想う夫婦が二人で出した答えだものね。あなたの思うようにしなさい」
どうしても溢れてしまう涙を拭う。
「……私ね、音大生の頃、音楽は自分のためじゃなくて、誰かのために奏でるのものだって知ったの。私は、西園寺さんのために、バイオリンを弾きたい……っ」
頭に手のひらがふわりと載った。
「あずさは、本当に西園寺さんのことを愛しているんだね」
本当は離れたくない。でも、それ以上に西園寺さんを苦しめたくない。
そう思った時、西園寺さんの本当の苦悩を知った気がした。
「人生はこの先も続いて行く。離れていてる道も、いつか交じり合う。それは、偶然じゃなくて必然」
そう言って笑ってくれるから、涙の跡の残る顔で私も笑ってしまった。
「頑張るのよ。女が一度覚悟を決めたら、何が何でも頑張るの。いいわね?」
私は、何度も頷いた。
「お母さんのことは心配しないで。おかげさまで、ここでいたれり尽せりの環境で暮らせてる。もちろん、ちゃんと自分でも身体にも気を使う。せっかく助けてもらった命。まだまだ元気に生きるわよ」
ありがとう、お母さん――。
夜、西園寺さんが仕事帰りに母のマンションに寄ってくれた。
「お母さん、どうだった?」
「はい、おかげさまで、とても元気そうでした」
車を運転しながら、声を掛けてくれる。
「それは良かった」
その、心から気遣ってくれる声と、どこか苦悩を滲ませた複雑な笑みに、胸がぎゅっとなる。
「……はい。本当に」
夜の街の明かりが、車内に優しく流れて行った。