囚われのシンデレラ【完結】
目の前に広がる森を、二人で歩いた。
本当に自然しかない。時々聞こえる鳥のさえずりと、風の音、土を踏む音。それ以外に音はない。車の音も、街の喧騒も。
どちらからともなく手を繋いで、言葉も交わさず小道を進んで行く。
さっきまで、笑い合ったのがずっと前のことのようだ。噤んだ唇の代わりに、握りしめる手に力を込める。
明るかった空が、次第に陰って来た。時間の経過を否応なしに実感させる。
背の高い木々が立ち並ぶ庭がどこまでも続く。こうしていると、この世界に二人しかいないみたいだ。
この世界に時間ごと閉じ込めてくれたらいいのに――。
そんなことを思っていたら、視界が開けて来た。空が広くなる。
「……そこのベンチで、少し休もうか」
歩き始めて、初めて発せられた言葉だった。
「そうですね」
最低限度の整備がなされた小さな広場のような所に、可愛らしいベンチが置かれていた。
「疲れた?」
「いえ。空気が綺麗で、気持ちよかったです」
並んで腰掛けて、顔を見合う。
「やりたかったこと、また一つできて嬉しい。ありがとうございます」
そう言うと空を見上げた。やはり、太陽はだいぶ下がって来ている。
押し寄せて来る焦燥感をやり過ごしたくて、かたくなに空を見上げ続けた。
「空と木しかなくて、東京とは別世界にいるみたいですね!」
ひとたび、寂しさを認めてしまったら、崖から転げ落ちるように止められなくなる――。
不意に横を向いたら、西園寺さんも空を見上げていた。その横顔も私をかき乱そうとするから、慌ててバッグからスマホを取り出した。
「急に、何だ?」
「隠し撮り、成功です」
カメラに設定して、その横顔をおさめる。
「お、おい!」
「この旅行で、絶対、西園寺さんの写真を撮ろうと思っていたんです。シャッターチャンス、成功です!」
満面の笑みを作るのに、西園寺さんは複雑な表情を浮かべる。それには気づかぬフリをして、明るく笑った。
「私、西園寺さんの写真、一つもないことに気付いて。だから」
懸命に、深い感情を込めないように言う。
会えなくなったら、西園寺さんが、何の関係もなかった人のようになってしまいそうで。
そんなの、あまりに悲し過ぎる。
「お願いしてもいいですか?」
私と西園寺さんが、確かに夫婦だったという証になる写真がほしい。二人でいた時間がここにあったことを残したい。
「私と一緒に、写真を撮ってほしいんです」
西園寺さんの目が一瞬揺れる。でも、やっぱり困ったように笑った。
「新婚旅行、だもんな。普通は山ほど写真を撮るものだろう。よし、撮ろう。スマホを貸して?」
「は……はい」
スマホを受け取ると、西園寺さんが私に身体を寄せる。
「こんな感じでいいか?」
不意に近付いた体温に意識を奪われながら、「はい」と答える。
西園寺さんが腕を伸ばして、こちらにスマホを向ける。そこには、寄り添う二人の姿が写っていた。
絶対、笑顔で。そう決めていた。ムキになって口角を上げる。西園寺さんも笑ってくれてはいるけど、どこか強張っている。
「西園寺さんの笑顔が硬いです! もっと、自然に!」
「自然にと言われても、なかなか難しいな」
隣で困り果てる西園寺さんに、ついくすりとしてしまう。
「だったら、さっきの、私に呆れて笑っていた時のことを思い出して。何度も笑ってましたよ」
「なるほど。でも、あれは呆れてるんじゃないと言っただろ。あずさが可愛いから、どうしたって顔が緩むんだ」
「……えっ?」
「だから、今日見たあずさの顔を思い出してみるよ」
え――?
思わず西園寺さんを見てしまった間に、写真を撮り終えたことを知らせる電子音が鳴った。