囚われのシンデレラ【完結】
とうとう、窓の外が明るくなり始めてしまった。
腕を少し上げるだけでも気怠い身体をベッドに横たえ、ただ目だけを開いていた。疲れ切って眠いはずなのに、全然眠気はやって来ない。
二人の時間が終わりが近付くにつれ、言葉は消えて行った。
横向きに寝ている私を、西園寺さんが後ろから腕に抱いている。表情が見えないから、察することが出来るのは呼吸と鼓動の音だけ。
西園寺さんは寝ているのだろうか。そう思ったら、私を囲う腕に力が込められた。
「……起きてるか?」
遠慮がちで、そして酷く掠れた声だった。
「はい、起きてます」
ぎゅっと、その腕にさらに力が入る。私の背中と西園寺さんの胸がよりぴたりと合わさった。
「これからは――」
耳元に声が近付く。
「ただ、前だけを見ろ。あずさなら、必ず夢に到達できる」
胸に何かが苦しくこみ上げて来る。
「……う、ん」
声が震えてしまいそうで、懸命に呼吸を整える。そして口を開いた。
「何が何でも頑張りますよ。年齢的にも崖っぷちですから、よそ見なんてしている暇はありません。若い子とは、必死度が違うんです!」
明るく話す。そうすることで、胸の詰まりを追いやれる。幸い表情は西園寺さんには見えない。西園寺さんが、ふっと息を吐いた。
「モスクワは治安が良くない。行動は慎重にな。特に夜間は気を付けろ」
「はい」
「練習に気を取られて、食事を抜くようなことはするなよ? 睡眠もちゃんと取って体調だけは万全に。病院も、日本にいる時のように気軽には行けないからな」
「はい」
「それから、防寒をしっかりして。風邪をひかないように――」
「分かってます。私、これでももう28なので。子供扱いしないでください」
つい笑ってしまった。
「……そろそろ、あずさの誕生日だ。あずさが言っていたな。誕生日に何でも言うことを聞いて欲しいって。あれ、何だったんだ?」
そう言えば、そんなお願いをしていた。
「私の気持ちを聞いてもらおうとしていたんです」
「……それが、誕生日のお願い?」
「はい」
不意に西園寺さんの顔がぐっと私の髪に押し付けられる。
「俺の態度、酷かったもんな。あずさの話も聞こうとせず、辛くあたっていた。誕生日にそんな願いをさせるほど追い詰めていた。せっかく、二人で暮らしていたのにな……」
「苦しかったのはお互い様。西園寺さんの気持ちはちゃんと知ることが出来たから、もう十分です」
私の胸のあたりできつく交差された腕に、自分の手のひらを添えた。
「……西園寺さん」
「ん?」
温かくて逞しい腕。その腕に包まれると、心から安心できた。
「西園寺さんこそ、これから大変だと思います」
公香さんのお父様の後ろには、危険な人たちもいるのだという。そう人たちがどんな力を持って、どんなことをしようとするのか。考えただけで、不安で仕方ない。
「自分の身体を大切にしてください。お願いします」
「……分かってる。ちゃんと気をつけるよ」
「本当に約束ですよ?」
「ああ。約束だ」
苦しくて胸が潰れそうだ。でも絶対に、西園寺さんの前で泣いたりしない。