囚われのシンデレラ【完結】

 最後の最後まで責任を果たして、新しい道筋が出来たのを見届けたのだろうか。本当に西園寺さんらしい。

 お父様が逮捕されたとなれば、残されたご家族の支えにもならなければならないだろう。西園寺さんの心労を思うと、いたたまれなくなる。

 私には何も出来ない。この遠く離れた安全な場所にいるだけだ。だからこそ――。

『先生は以前、プロになるためには、誰か一人のためではなく多くの人に音楽を届けたいと思うことが大切だとおっしゃいました』
『確かに、そう言ったな』

ソコロフ先生を真っ直ぐに見つめる。

『でも私は、こうも思うんです。誰か一人のためにと奏でた音楽に、聴いてくれた人が自分の感情を重ねて共感してくれる。大勢ではなくたった一人を想って演奏したものだから、伝わる感情もまた濃いものになる。だからこそ、聴いてくれる人に伝わるものも深くなる』

私はあの人のために弾きたい。
その思いには、様々な感情が介在する。

寂しさ、悲しみ、苦しさ、切なさ。
未来を願う気持ち、不安、絶望、喪失感。
そして、誰かを深く愛する幸せ。

一色では表せない、多色の感情が私の音を作る。西園寺さんを思えば、この音はたくさんの感情を持つ。
人それぞれが生きていく中で抱える何かしらの感情と、必ず共鳴するはずだ。

『それが、聴いている人の中にある感情に寄り添うことにはなりませんか? それもまた、音楽だと思うのです。そんな風に思って弾くプロがいてもいいでしょうか』

それは、プロではないのかもしれない。
でもそれが、間違いなく私がバイオリンを弾く原動力だ。
自分が苦しみを経験して来たからこそ、人の感情にも寄り添える気がする。

『……君の出した答えに迷いがないのなら、それがオリジナルの音楽になるんじゃないか?』

そう言って先生がニコリとした。

『アズサはアズサの思うスタイルを確立すればいい』


――私は、そうやってここまでやって来た。

西園寺さんに出会った10年前に、私のバイオリンは自分のために弾くものではなくなった。

音楽は、自分のために奏でるものではない。

"誰か"のためでありたい――。

それが、私を支えるすべてだ。


いよいよ、1次予選が始まる。

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