囚われのシンデレラ【完結】
1次予選最後の曲を弾き終えた時、会場から湧き起こる拍手で我に返った。
頭を下げて、舞台を去る。怖いほどに心の中は静かだった。波紋一つない湖のようだ。
舞台袖を通り、ホールの廊下へと出る。
「アズサ! 今の演奏、素晴らしかったよ! 本当に――」
「……あずささん!」
待ち構えていたように話しかけて来たマルクの声に被さって、日本語が飛び込んで来た。
え――?
マルクの向こうに目をやる。
「最高だったよ!」
「木藤……さん?」
驚きのあまり目を丸くする。そんな私に構わず、木藤さんが私に抱き付いて来た。
「あずささん、最高だよー」
きゃあきゃあと騒ぎながら私を揺さぶる。
「……ア、アズサ。取り込み中みたいだから、結果発表の後にゆっくり話そう」
苦笑しているマルクがそう言って、立ち去った。ごめん、と目で伝える。
「――あ、ごめん。何か、お邪魔しちゃったかな」
ようやくその存在に気付いたのか、木藤さんが申し訳なさそうにマルクの背中を見ていた。
「いえ。同じ門下の子でいつでも会えるから大丈夫です。それより。木藤さん、来てたんですか? びっくりしました」
「そう。驚かそうと思って、何も言わずに来たの。それに、あずささんの邪魔にもなりたくなかったから。コンクール直前なんて、他のことに気を取られたくないじゃない?」
「だからって……でも、嬉しいです」
メールのやり取りはしていたが、木藤さんに直接会ってはいなかった。何度か私も日本には帰国したけれど、木藤さんとの滞在時期がまるで合わなかった。
「結果発表まで時間ある? 少し話せないかな」
「もちろんです。着替えて来るのでちょっと待っていてもらえますか?」
ロビーに木藤さんを残し、すぐに控室へと走った。
「――それにしても、二年ぶりかな。あずささん、かなり雰囲気変わっててびっくりした」
ホール近くのカフェに入り、木藤さんと向かい合った。
「そうですか? 自分じゃ全然気づかないけど」
久しぶりの日本語での会話に、より心がほっとする。
「コンクールの公式ホームページ見たよ。そこに掲載されている出場者のプロフィール写真。あずささんがすっごく大人っぽくなってて『おーっ!』ってパソコンの前で声上げちゃったよ」
「……ああ、あの写真ですね。あれは、かなりのハッタリですよ。少し、メイク濃くなかったですか? これでも私30ですから大人な雰囲気にしたんです。でも、少しやり過ぎたかなと、後悔したり……」
そう言って苦笑する。
「何言ってるの。あれくらいみんなやってるし。それに、あずささんはやり過ぎでもなんでもない。あのままの姿だよ? 本当に綺麗になった。内面から出ているものなのかもね。芯の強さみたいなものが表れてる」
大真面目に訴えて来る木藤さんに、少しむず痒くなる。
「外見にも気を使わず、髪振り乱して、必死に生きてただけなんですけどね」
カップを手にして答えると、木藤さんがこちらに身を乗り出した。
「今日のあなたの音、以前の音に凄みが加わった感じだった。日本でレッスンしていた頃、あずささんの、人の心のひだに入り込んで来るような音に魅力を感じた。今は、その感情にプラスして確かなテクニックと鬼気迫るような迫力も加わって。より深い音になって表れてる。あなたが、ここでどれほどの努力をしたのかも一音聴いただけで分かった」
そう言って、木藤さんも注文したコーヒーを一口飲むと、少し重そうに唇を開く。