囚われのシンデレラ【完結】
幼い頃、まるで人の歌声のような音に憧れてバイオリンを始めた。
練習すればするほど好きになった。でも、いつしか高い壁が立ちはだかるようになって。笑顔の奥でいつも葛藤していた。そんな時に、西園寺さんと出会った。
出会って間もない頃、どこか照れくさそうに言ってくれた。
"少なくとも俺は、君のバイオリンの音、好きだよ"
大学のAオケから落ちて、自分の足元が崩れ落ちそうになっていた時。練習もままならなくて、バイトばかりで。前向きになろうにも、突き付けられた結果にうちのめされて。
でも、その言葉が私を励ました。
"実力がなかろうと結果が悪かろうと、葛藤したり落ち込んだりしても、結局君はバイオリンを弾き続けるんだろうな"
まだ大学生だった西園寺さんがぎこちなく笑って私に言った。
そうだね。本当に、そう。
西園寺さん。私、やっぱり、バイオリンが好きみたい。その気持ちを誰より分かっていたのも、あなただったんだね――。
19歳の私が言ったほんの些細な夢を、西園寺さんはずっと覚えていた。
今、この瞬間に響かせた後はすぐに消えて行く。生の音は残せない。だから、その瞬間にすべてを込める。完全に同じ音は、二度と出せない。
きっと、どこかで、聴いてくれている――。
そう信じている。
10年前も、西園寺さんは聴いてくれていたのだ。
あの時も今も。心にあるものは変わらない。
今の、この私の音を、どうか聴いていて。
オーケストラの音と私の音とが、掛け合い重なり合いながら少しずつ登って行く。少しずつ、少しずつ、その場所に近付いて。
そして。光溢れる、華やかで壮大な心揺さぶるハーモニーが、会場を埋め尽くす――。
溢れる感情に心が震える。
楽しい思い出も、ときめく感情も。
そして、大人になって苦しんだことも。涙を流し傷付いた夜も。
締め付けられる感情に、愛する切なさを知った日々も。
その全てがこの音になる。
繊細な旋律の、一つ一つの音の粒に言葉を重ねるように。
たとえこの先、二度と会えないとしても何一つ後悔はない。
あなたを、愛しています。
あなたを想う気持ちとバイオリンと共に、私は生きて行く――。
繊細な旋律から、力強く刻むような旋律へと変わる。
この先の未来への決意のような、鬼気迫る、それでいてどこか明るい。
私の情熱と残っている力全部で、最後の一音まで響かせる。
この身体に残る力を振り絞り、ラストへと向かう旋律を駆け上がり、最後の一音を響かせたと同時に手を振り上げた。
弾き終えて見上げた天井にあったものは、真っ白な光だった。
ふぅっと大きく、息を吐いた。
私の全部を、恥ずかしいほどに曝け出した。今の、私のすべてだ。
私の周囲に広がる無音の世界が、時間の感覚を失わせる。
でも、そんな世界から現実へと引き戻された。
聴衆からの温かな拍手と指揮者の抱擁が、私にこの舞台の終わりを告げる。
ありがとう、西園寺さん。この場に連れて来てくれたのは、あなたです――。
一人で闘って来たようで、いつも西園寺さんがいた気がする。
会場の一番後ろからも、二階席からも。180度押し寄せる拍手に、胸が激しく鼓動し震える。
ここに立たせてもらえた幸運と私の演奏を聴いてくれたお客さんに感謝して、何度も何度も頭を下げた。
「ブラボーっ!」
あちらこちらから聞こえる声に、もう一度深く頭を下げた。
その時、熱く透明なものが一筋流れた。