囚われのシンデレラ【完結】


 明るい舞台から薄暗い舞台袖へとたどり着いた瞬間に、椅子に倒れ込むようにして座った。精魂尽きた――まさに、そんな感じだ。2年間分の疲れと緊張が一気にのしかかったように、身体のどこにも力が入らない。

「――アズサ」

指揮者がこちらへと戻って来たのが視界に入り、疲労困憊の身体にムチ打ち慌てて立ち上がった

「今日は、オケで助けていただき、本当にありがとうございました――」

直立不動で立ち頭を下げると、いきなり私の腕を掴んだ。

「まだ拍手が鳴りやまないんだ。もう一度舞台に出て」
「え……っ?」
「ほら、早く」

腕を引っ張られ足を引きずるようにして舞台に戻る。まだ大きいままの拍手が会場に響き渡っていた。すべての参加者の演奏が終わったと言うのに、そこには、まだ席を立とうとしないお客さんで溢れていた。皆が私に、拍手を送り続けてくれている。

その姿に、心がじんとして――。

目の前のお客さんたちの熱気に感極まり、何度も何度も頭を下げた。

自分の演奏に、ダイレクトに反応がもらえる。これが、舞台で演奏する喜び。演奏する人間にとってたまらなく特別な瞬間だ。


 何度かのカーテンコールを受けて、ようやく舞台袖に戻った。

本当に、もう、何も残っていない――。

指揮者にもコンサートマスターにも挨拶をして、呆然と座り込んでいた。微かにまだ、拍手が聞こえている。

もう、コンクールは終わったんだ……。

「アズサ!」

まるで動けないでいる身体でだらりと腕を投げ出し目を閉じていると、先生の声がした。

「よくやった! 素晴らしい演奏だった! 君の師であることを誇りに思うよ!」
「あ、ありがとうございます」

顔を赤くして飛びこんで来た先生に腕を強く掴まれた。ただなされるがままに身体を揺さぶられる。

「だから、順位は気にするな。最初に名前を呼ばれても、決して落胆するなよ?」
「先生、大丈夫ですよ。落ち込んだりしませんから。ここまで来られたことで十分なんです。これ以上のものを望んでいません」

この2年、目指して来たファイナルの舞台で演奏することが出来た。決して天才的な才能があったわけでもない私が、これ以上何を求めるというのか。

「そういう意味でいったんじゃない。既に、あずさの演奏にかなりの反響があるみたいだ。このコンクールが終わった後、おそらく、あずさの日常は一変する」
「まだ、順位は発表されていませんが……」
「テクニックとはまた別の、聴く者に何か惹き付けるものがあるということだ。国際コンクールとなれば、1位とそうでない者とでは天と地だと言われている。でも、時に、順位を超越する演奏家が出て来ることもある。君は明らかにそういうタイプのバイオリニストだ」

聴いてくれた人が、私の音に何かを感じてくれたのだとしたら、なおさらそれは私の力だけではない。

「ファイナルにさえ残ることができれば、それだけでもう十分、君の魅力が多くの人に伝えられるからな。実際にそうなった」

師匠から送られた満面の笑みが、私にとっての最高の褒め言葉だ。

「――あずささん!」

私たちの会話に別の声が入り込んで来た。二人目の訪問者は、木藤さんだった。

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