囚われのシンデレラ【完結】

「木藤さん――」

いち早く感想を伝えようと、こんなところまで来てくれたのだろうか――。

そんな呑気なことを思う。

「私、今、見たのよ……っ!」
「見たって、何をですか?」
「だから! 西園寺さんよ!」

え……?

頭が上手く働かない。ただ目を見開き、木藤さんを見つめたまま固まる。

「会場で、あずささんの演奏が終わってもお客さんの拍手がずっと鳴りやまなくて。誰もが席を立たない中で、一人出て行った人を見たの。ちらっと見ただけだけど、あれは絶対に西園寺さん。慌てて追いかけたけど、見失っちゃって。だから、あなたが捕まえて。早く!」
「西園寺さん、ここに……?」

まさか――。

ここは日本じゃない。モスクワだ。

「何、ボケっとしてるのっ! 早く! 絶対にまだ会場内にいるはずだよ!」

その叫ぶような声に突き動かされる。

「すみません、先生。どうしても行かなくちゃいけないところがあるんです。人生最大の、重要事項なんです……っ!」
「え? あ、ああ、分かった。なんだか、大変そうだな。じゃあ、表彰式の後にでも」
「すみませんっ」

勢い良く先生に頭を下げ、私はドレスのまま舞台袖から飛び出していた。


西園寺さん。西園寺さん。西園寺さん――!

自分の心の中がどうなっているのか自分でも分からない。長いドレスの裾が邪魔で、何度も足がもつれそうになる。女らしさなんて捨て去って、ドレスの裾を持ち上げた。

お願い。まだ、ここにいて。お願いです。

ついさっき演奏中に、もう二度と会えなくても――なんて思っていたくせに。

会いたくてたまらない――。

 廊下を駆け抜ければ、大ホール前のロビーに出る。いくつかのソファが置かれ、まばらに人が歩いていた。ロビーの真ん中に立ち止まり、周囲をぐるりと懸命に見回す。忙しなく動かしていた視線が止まる。

その背中を、絶対に見間違えたりしない。

ロビー奥――その空間の一番奥にあるソファに座る背中。
注意して見回さなければ、見逃してしまいそうな場所だった。

俯いているのだろうか、少し背が丸くなっている。それでも、それは絶対に西園寺さんだ。

「西園寺さん……っ!」

躊躇いなくその名を呼んだ。
乱れた呼吸で叫ぶように声を上げると、ゆっくりとその身体がこちらを向く。

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