囚われのシンデレラ【完結】


こちらに向けた顔と視線が重なった時、呼吸することすら忘れた。

目は赤く充血し、泣いているのだと見て一瞬で分かる顔――。

男の人がそんなにも涙で顔を濡らしているのを見たことがなくて。
焦がれてやまなかった人に2年ぶりにこうして向き合っているというのに、まるで言葉が出て来ない。

先に言葉を発したのは西園寺さんだった。

「――ご、ごめん。こんな顔で、びっくりするよな」

私があまりに何も言わずに見つめていたからだろうか。西園寺さんがその顔を手のひらで覆いながら、戸惑いがちに口を開いた。

「あまりに涙が止まらなくて、しまいには声まで漏れそうになってさ。隣の席の人に不審がられても抑えられなくて、逃げて来たんだ」

そう言って笑って見せようとする西園寺さんに、私も笑いたいのに上手く笑えない。

その姿も、顔も、手も、声も。

西園寺さんがそこにいるのだと私に知らしめて、ただでさえ胸が一杯なのに。そんな風に泣いているのを見てしまえば、聞きたいことや言いたいことが全部どこかに飛んで行ってしまう。

「……それって、号泣したって、こと、ですよね?」

そうして、結局口から出た言葉はそれだった。

「もう、号泣どころじゃないさ。あずさが舞台に表れた瞬間から涙がこぼれて。隣の人も不審に思って当然だよな。俺のせいで演奏に集中できなかったかもしれない。悪いことをした」

大きな手のひらが口元を押さえ、まだ乾ききらない目が懸命に微笑もうとしている。

「あずさの演奏は絶対に進化してるって思っていたけど、俺の想像なんて遥かに超えてた」
「じゃあ、私の演奏で西園寺さんを号泣させることが出来たんですね。私の最初の目標、達成できたんだ」

潤み盛り上がった雫が私の目から次から次へと流れ落ちて、喉の奥が詰まる。そんな私を見て、西園寺さんが目を見開いた。

「……何、言ってるんだ。そんなことよりずっとあずさは凄いことを成し遂げたんじゃないか。この先、あずさは、もっともっと凄いバイオリニストになれる」

頭を横に振る。

「この2年、ただ、この舞台に立つ姿を西園寺さんに見てほしくて、そのために頑張ったから。西園寺さんが感動してくれるのが、一番嬉しい。西園寺さんがいたから、ここまで来れたんです」
「俺は、何も……。ここまで来るのに、あずさがどれだけの努力をしたのかと思うと――」

西園寺さんも言葉を詰まらせる。その姿にたまらなくなって、私は激しく頭を横に振った。

「努力だけじゃ出来なかった。私がここにいるのは、西園寺さんに出会えたからです……!」

この言葉を伝えるために。それをどうしても伝えたくて、私はここまで来た。

「10年前、西園寺さんと偶然出会って。初めて恋をして、そうしたら、幸運にも西園寺さんも私を好きになってくれた。挫折しそうになっていた私に、バイオリンが好きだって気持ちを西園寺さんが思い出させてくれた」

私を見上げている目をじっと見つめ返す。

少し、纏う雰囲気が変わったかもしれない。でも、清廉な佇まいも、きりっとした切れ長の目が私を見る時優しくなるのも、あの頃のまま――。

私の、たった一人愛した人だ。

「お父さんを亡くして、バイオリンなんて捨てしまった私に、もう一度向き合わせたのも西園寺さん。2年前、偶然再会したあの時、あなたが私と結婚してまで助けてくれたから」
「あずさ……」

私の顔も酷いものになっているだろう。涙で滲んでもうよく見えない。濃いめのメイクがとんでもないことになっているかもしれない。でも、どれだけぐちゃぐちゃの顔になっても伝えたかった。

「あなたと出会えたから、私はここにいる! 二十歳の頃夢見た舞台で、バイオリンを弾くことが出来たんです!」

西園寺さんの肩が微かに震えて。
揺れる眼差しから、涙が溢れ落ちる。

苦しいのは、自分が泣いているせいか。
目の前の西園寺さんの涙のせいか。

胸が苦しくて苦しくてたまらない。

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