囚われのシンデレラ【完結】
「――アズサ!」
その時、向こうから私を呼ぶ声がした。
その声に、ハッとする。
「探したよ。演奏終わったのにどこにもいないから心配した」
声の方に振り向くと、マルクが駆け寄って来るのに気付く。次の瞬間にはその笑顔が私の前へとたどり着いた。
「終わったら、二人で話をしようって言っただろ? こんなところで、一体何をしてるの――」
この場の雰囲気に気づいたのか、マルクから笑みが消えた。
「アズサ、泣いてるの……?」
「マルク、今はごめん――」
マルクの動きを遮ると、西園寺さんが突然立ち上がった。
「――今、俺が彼女と話をしている。申し訳ないが、あずさを連れて行くよ」
私の腕を強く掴むなり、流暢なロシア語でそうマルクに言った。
唖然としているマルクの前から連れ去るようにして、西園寺さんが私の腕を引く。
「西園寺さん――っ?」
その背中に必死に付いて行くと、勢いよく引き入れるように腕を取られる。
気付けば、壁と西園寺さんの身体の間に囚われていた。
広いロビーから死角になる、暗い照明が灯る廊下で向き合う。
私の顔の両脇に付いた手のひら。
間近に私を見下ろす目――。
その目を見上げれば、私の時間はあっという間に巻き戻される。至近距離でその目に見つめられれば、心はいとも簡単に囚われる。
「……こうして直接顔を見てしまえば、もう無理だと分かっていた。だから、あずさには会わずに帰ろうと思っていた」
翳る視線と共に、私の身体にも影を作る。
近付く声の振動に、壊れてしまいそうなほど、心臓が暴れ出す。
「こうして、本物のあずさを目の前にしたら、自分に言い聞かせ続けていた理屈も正論も、全部ぶっ飛んで――」
二人の身体の間にあったわずかな隙間が消えたと同時に、きつく抱きしめられていた。
西園寺さんの心臓も、驚くほどに早く動いているのが直接伝わって来る。
「俺の父親は、まだ執行猶予中の身だ。それがあけたところで、犯罪歴が消えてなくなるわけじゃない。あんなに辛い別れをさせたのに、こんな俺があずさの前に現れるべきじゃない」
そう口にしながら、私を抱きしめる腕の力を増して行く。
「それなのに――あずさの腕を掴んでしまった」
苦しいほどの葛藤が、その声で伝わる。たまらなくなって、広い背中に力一杯腕を回した。
「この先、もう二度と会えなかったとしても、あずさの幸せを願って生きて行けばそれでいいと思えていたはずなのに。そんなのただの強がりだったと分かるよ」
私の首筋にきつく顔を埋めるようにして囁く西園寺さんに、涙が止まらない。
「俺は、全然諦めることなんて出来ていなかったんだ。さっきの男があずさの何なのかなんて、聞いてやれないくらい、もう、どこにもやりたくない――」
「西園寺さんっ!」
どこに隠し持っていたのか、この2年分の涙を全部吐き出そうとしているかのように溢れて来る。
「会いたくてたまらなかった。こうして無事でいてくれたこと、ここに来てくれたこと、嬉しくてたまらないの」
子供のように西園寺さんの首に腕をきつく巻き付ける。もう、どこにも行かせないように力任せにしがみつく。