囚われのシンデレラ【完結】

―――会えなくても、いつも応援しているから。頑張れ。

私を抱きしめながらくれた言葉を胸に、その日から、これまで以上に練習に明け暮れた。



「進藤さん、何かあった?」
「どうしてですか……?」

実技の授業の時間、私の担当教授がそんなことを言った。

「いや、なんとなく。バイオリンに向かう姿勢みたいなもの? そういうのがこれまでと違う気がして」

向かう姿勢――。

「どんなことでもそうだけれど、自分のためにしている努力には限界がある。特に音楽は、誰かに届いて初めて意味があるものでしょう? 誰かのためにする努力は、限界を超えたりするもの。私は、どんな時でも誰かのためにと思いながら弾いてほしいと思ってる。あなたは今、どうなの?」

椅子に座っている先生が、私を見上げた。

「確かに、誰かのために、という意識が強くなったかもしれません」

私が舞台に立つのを見たいと西園寺さんは言った。私のことを考えていつも私に寄り添ってくれる、そんな西園寺さんに精一杯の想いを返したい。そんな気持ちが自然と大きくなっていた。


 オーディション当日を迎えた時には、6月になっていた。

【今日、待ってるから。力を出し切れるよう祈ってる】

朝、西園寺さんからメッセージが届いていた。

 少しでも練習時間を確保するためにと、あの連休の日から西園寺さんとゆっくり会う時間は作っていない。

 西園寺さんは研修が終わってホテルの現場で働くようになり、勤務がシフト制になったのだと言っていた。
 西園寺さんの勤務と私のアルバイトのシフトが上手く合わなくて、西園寺さんが予告していた通り、これまでみたいにコンビニのバイトの後に会うことは出来なかった。

 そうは言っても、彼に休日がないわけではない。私が大学での練習時間減らせば、会おうと思えば会うことも出来た。それでもそうしなかったのは、私が練習に集中するためだ。

『今一番大事なことを優先していい』

優しくそう言ってくれた西園寺さんは、やっぱり大人なんだと思う。そう言われて、咄嗟に寂しいと思った私はまだまだ子供で。
 そんな中で、時おり西園寺さんがバイト先のコンビニに現れた。『ホテルから近いから』と、仕事の休憩時間に顔を出してくれたのだ。
 ほんの数分ではあっても、西園寺さんの姿を見ることが出来た。それは嬉しかったけれど、お客さんと店員として向かい合えば、恋人として会いたいと寂しい気持ちが刺激される。

私の都合で会えないのに、寂しいと言うのは間違ってる――。

懸命に耐えながらも、心の中では寂しさで一杯で。その一方で、西園寺さんは、私を見る目も電話で話す声もいつだって穏やかだった。

 そんな西園寺さんが、昨晩の電話だけは違っていた。

(明日は会いたい)

その声が、私の焦がれ続けた想いを弾けさせた。


今できる精一杯の演奏はできた――。

オーディションで弾き終えた後、それだけは思えた。あとは運を天に任せるのみだ。

 教室の窓の外を見ると、灰色の空から雨が降り続けていた。

 結果は、オーディションが終了したのち1時間後に出ることになっている。周りの受験者を見ても、ほとんどがAオケ所属の人ばかりだった。有名なコンクールの入賞経験者がごろごろいる。

「あずさ、どうだった?」

結果が出るまでの時間、廊下でうろうろとしていると奏音が声を掛けて来た。奏音は、他にコンクールを受ける予定があって、このオーディションは参加していない。

「どうだろう……。周りは強敵ぞろいだからな。でも、自分のベストは出せた」
「あずさがベストを出せたんなら、大丈夫でしょ」
「――受験者の方、中に入ってください。結果を発表します」

奏音と話していると、教室の中から人が出て来た。

「じゃあ、結果聞いて来る」
「うん」

奏音に見送られながら、教室へと入って行った。
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