囚われのシンデレラ【完結】
控室のモニターを確認すると、客席はほぼ埋まっていた。その会場の様子にやっぱり緊張するけど、もう先ほどの追い詰められたような感情はない。
「すみません、舞台袖にご準備お願いしまーす」
「はい」
鏡にもう一度自分の顔を映す。
よし。大丈夫――。
肩を大きくぐるりと回す。そして自分に気合いを入れて、控室を後にした。
舞台袖のスタッフの合図で、舞台へと向かった。舞台に出るとすぐに、差し込んで来るようなスポットライトに一瞬目を細めた。後から入って来たピアノの伴奏者と目配せをして、客席に向かいお辞儀をする。
西園寺さん、聴いていてくださいね――。
この会場のどこかにいてくれるその人を想い、バイオリンを構えた。
最初は、クライスラー作曲の『愛の悲しみ』と『愛の喜び』
悲しみを歌うように奏でられるメロディーを、バイオリンで声をあらわす。誰かを想うことは、悲しみも寂しさも伴う。恋することで感じる切なさと胸を締め付ける痛み。私が初めて知ったその感情を音に載せたい。
そして、悲しみが伴っても切なさに苦しむ夜があっても、それ以上の喜びがあること。大好きな人の傍で笑えること。その人のことを考えるだけで胸がいっぱいになって幸せな気持ちになれる。あの腕の中で感じることができる温もりは、誰かを好きになったからこそ知ることができた。この肌に残る熱を、音色に込める。
最後の曲は、サンサーンス作曲『序奏とロンドカプリチオーソ』
どこか物悲しくもある幻想的な序奏で始まる短調の曲。そのあと情熱的な旋律のロンド部分へと入って行く。情熱的に歌い上げながら、そこはかとなく憂いが漂う。
激しい旋律とゆったりとした心のひだをすくうような旋律を、どこまで聴かせることができるか――。
技術的にも音楽的にも難易度が高い。だからこそ、音楽性を前面に出せないと弾くだけでいっぱいいっぱいの演奏になってしまう。
テクニックは、嫌というほどにこの手に沁みこませて来た。あとは、どこまで音色を深いものに出来るのか。バイオリンを弾く喜びを、常に心の中に溢れている想いをただ思い浮かべる。
あ……西園寺さん――。
バイオリンを奏でながら客席を見渡すと、私を真っ直ぐに見つめてくれているその視線とぶつかった。一番後ろの席だけれど、そこには確かに西園寺さんがいてくれていた。
その眼差しを見るだけで、何故だか胸が苦しくなる。でも、その苦しさは甘く私を締め付けるものだ。一瞬にして、すべての感触が蘇る。私に触れてくれる指も、熱い吐息も、囁かれる言葉も。そのすべてが、私を甘く締め付ける。
最後の一音を弾き終えた後、全身から力のすべてが放たれた。
一瞬の静寂の後、私の耳にたくさんの拍手が届いた。そのざわめきに我に返り、会場を見渡す。
これまでもらったことのない拍手の大きさに驚いた。お客さん一人一人の顔が私に向けられ、惜しみなく手を叩いてくれる。その表情が、私の演奏に対する感情なのだと思うと、一瞬にして心が震えた。
そしてすぐに西園寺さんの座っていた場所に視線を移す。笑顔で手を思いっきり叩いてくれている。その表情が少し苦しげでもあって。それが気になった。