囚われのシンデレラ【完結】


「西園寺さん――」
「ちょっと、こっちに来て」

そのまま腕を掴まれ、階段を地下へと下りて行く。踊り場までたどり着くと、すぐに壁に身体を押しやられた。

「今日の演奏、最高だった。言葉にならないくらい感動して――」

そこまで言うと、西園寺さんが顔を近づけて、額と額を触れ合わせる。唇同士が触れているわけでもないのに、何とも言えない恥ずかしさともどかしさに息を止める。

「それと同時に、居ても立ってもいられなくなった」
「ど、どうして、ですか……?」

肩と腰を抱かれ、すぐ間近に西園寺さんの顔がある。

ここには誰もいないとは言え、すぐ上の階にはまだお客さんもいるだろう。少しだけ薄暗いこの踊り場には、私たちの潜めた声だけが響く。

「あの会場には、何人も男がいた。それに、彼も……」
「彼って……」

私の問いには答えずに更に強く腰を抱き寄せた。

「なのに、あんな顔――」
「さ、西園寺さん?」

ふっと息を吐くと、西園寺さんが私の頬を手のひらで包んだ。

「あんなあずさの姿を、他の男も見ているのかと思ったら……今日のあずさは、誰にも見せたくないくらい、綺麗で、色っぽくて。俺に抱かれている時のような表情(かお)だった」

そんな表情をしていたのか。

西園寺さんのことを思い出しながら、弾いていたから――?

何か言葉を返そうとしたその唇を、少し強引に塞がれた。

「ん――っ」

すぐに侵入して来る舌は口内を激しく駆け巡り、私の息を乱す。恥ずかしいくらいにキスだけで身体から力が抜けてしまいそうになるのを、西園寺さんの腕が支える。

「この首筋も、鎖骨も、肩も――」
「あ……っ」
.
熱く滾る唇が、晒されている襟足から鎖骨へと滑って行く。

「ま、待って、ください――」
「本当は、誰にも見せたくない。この背中が、少し触れるだけで震えるのも、俺だけの、」

身体を反転させ、背中を西園寺さんの方へと向けさせられた。肩甲骨の間を濡れた唇が触れて行く。

「だ、ダメ、です――っ」

これ以上されたら、こんな場所ではしたなく声を上げてしまう。

「……あずさ、ごめん」

その唇が突然離れて、後ろから強く抱き締められた。

「大人げないことをしたな。今日のあずさがあまりに大人っぽくて、ドレス姿も綺麗だったから、少し動揺した」

そう溢すと、西園寺さんが私の肩に顔を埋める。

「今日の演奏、心を撃ち抜かれたみたいだったのは本当だ。音の一つ一つが身体を満たして行くみたいで、胸がいっぱいになったよ」
「……良かったです。西園寺さんに褒めてもらえて」

鎖骨のあたりで交差された腕に、手を添えた。

「……こんなところに連れ込んで悪かった」

決まり悪そうな表情をする西園寺さんに、笑ってしまいそうになる。でも、その表情がすぐに少し固くなった。

「あずさ」
「はい?」
「もしかして、今日、あの幼馴染の彼と約束してた?」
「幼馴染って……いえ。してませんけど」

柊ちゃんに、このコンサートのことは話していない。

「どうしてですか?」
「会場に来ていたみたいだ」
「本当に? お母さんに聞いたのかな……でも、彼とは特に何も話してないです」

聴きに来るという話も柊ちゃんからは聞いていない。

「じゃあ、この後、一緒にいられるんだな?」
「もちろん、そのつもりです!」

私の言葉に、西園寺さんにやっと笑みが戻って来た。

「じゃあ、待ってるから支度しておいで。二人で打ち上げをしよう」

私の肩を掴み、微笑む。

「はい」

まだ激しい胸の鼓動の余韻が残る中、それに笑顔で答えた。

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