囚われのシンデレラ【完結】
「……どう? 美味しい?」
西園寺さんが注文してくれたお酒は、アルコール度数があまり高くないクラフトビールだった。
「とりあえず飲むと言えばビールだろう」
「苦いけど、美味しいです!」
本番の舞台の後の疲れた体に染み込んで来るみたいで、その苦ささえ心地よかった。
「それならよかった」
そう言って西園寺さんも同じものを口にした。その時なだらかに動く喉仏に目が行って、慌てて目を逸らす。
この日の西園寺さんは、きっちりと着こなしたスーツ姿で。手首に巻かれた革の時計も、光沢のある濃紺のネクタイも、何もかもがカッコよくて直視できない。
「――あずさ」
「は、はいっ」
肩が触れ合う距離で座るから、とても近い。
「俺は素人だけど、あずさのバイオリン、聴くたびに上手くなっている気がするんだ。自分でもその実感はある?」
「はっきりとした実感はないんです。でも、周りの人に、変わったとは言われるようになりました。私自身も、もっともっと上手くなりたいって思ってる」
「あずさの夢は大きいもんな」
西園寺さんが目を細めた。
「今はまだ大き過ぎる夢ですけど……でも、その夢に近づくために、いつか留学したいと思ってます。やっぱり、本場の空気の中で音楽を学びたい。ヨーロッパに行きたいんです。バイトを必死でしているのは、そのためでもあるんです」
国際コンクールに挑戦するためには必要だし、それより何より、作曲家たちが作品を生み出したその場所で、音楽を学びたい。そう夢見てきた。
「……留学、か」
その声がほんの僅か陰る。
「それは、音楽をやっている人間なら当然考えることだな。それで、どのあたりの国に行ってみたいんだ?」
でも、すぐにそれは消え、私に笑顔を向けてくれた。
「ロシアがいいかなって漠然と思っているんですけど、でも、まだ全然具体的なものじゃないんで……」
今、口にして思い知る。
留学したら、西園寺さんと離れ離れになる――。