囚われのシンデレラ【完結】
「あずさなら、必ず成し遂げられると信じてる。何があってもあずさを応援し続けるよ。俺はあずさのバイオリンのファンだからな」
西園寺さんが私の手をぎゅっと握りしめてくれる。
「……ありがとうございます」
嬉しいけれど、胸が締め付けられて仕方ない。
「あずさ……」
西園寺さんが私を抱き寄せた。
「少し、立ち入ったことを聞いてもいいか?」
「なんですか?」
頬を寄せた先にあるスーツのジャケットが、さらりと冷たくて気持ちいい。
「あずさがバイトを必要としているのは、家庭の事情?」
自分の家の状況を詳しく話したことはない。
でも、これだけアルバイトばかりしていれば気にもなるだろう。
「……本当なら、ごく普通の家なんです。余裕はないけど、家族3人食べるのには困らない。それなのに、無理をさせているのは私で」
音大になんて行かなければ、贅沢は出来なくても普通に暮らせる。
「音大に通わせてもらい、楽器を買ってもらって。それは、平均的な家庭にとっては莫大な金額なんです。私が特待生になれれば良かったんですけど、それもダメで。お父さんが遅くまで身を粉にして働いたお金は、ほとんど私に流れてる」
両親は私のために働いているようなものだ。お父さんも大手でもなんでもない中小企業のサラリーマンだ。多額の給料をもらえるわけじゃない。
「だからせめて、大学に払うお金以外は自分で賄いたいんです。バイトのせいで練習時間が削られることも分かってる。音大に通いながら音楽に専念できないのも本末転倒だってことも分かってます。でも、両親に苦労かけてまでも、バイオリンをやりたくて。その我儘を押し通してる――」
「ごめん、嫌なことを話させた」
「いいんです。本当のことだから。でも、そのことだけは絶対に忘れないでバイオリンを弾いていたいと思ってます」
西園寺さんの手が優しく私の背中を撫でる。
「あずさの思いは、きっとご両親もわかってる。あずさを応援すること、大変であっても苦ではないんじゃないか? さっき、帰って行くあずさのお母さんの顔を見た時、心から嬉しそうだった」
何度も往復するその手のひらの温もりに、胸がじんとする。
「きっと、元気をもらってるんだよ。俺みたいに」
そう言うと、西園寺さんが私の肩を優しく掴んだ。
「あずさと出会って、変わったことがある」
二重に縁取られた切れ長の目が私を見つめる。
「俺は、生まれた時から既に敷かれていたレールに乗るしか、将来の選択肢を与えられなかった。そのことを、どこか冷めた気持ちで受け入れてきた。深く考えたり、反抗したりすることが無意味だと思えたからだ」
その眼差しを真っ直ぐに見つめ返した。
「でも、あずさが、楽ではない状況の中でも一つのことに情熱を燃やして生きている姿を見て、考えさせられた。どうせこの先長い人生を歩いて行くなら、諦めの気持ちでいるより何かに挑戦する人生の方がいいって。だったら俺は、与えられた道で、精一杯のことをしようと思った」
「西園寺さん……」
「あのホテルを、俺の手で世界一客に喜んでもらえるホテルにしたい。そんな風に自分の仕事に向き合えるようになったのは、あずさのおかげだ。だから――」
大きな手のひらのが、私の両頬を包み込む。
「お互い、頑張ろう」
「私も、西園寺さんを応援したいです!」
私も、西園寺さんの励みになるような存在になれたら――。
心からそう思う。