囚われのシンデレラ【完結】
「――今日は、ありがとうございました」
西園寺さんもお酒を飲んでいたから、タクシーで送ってもらってしまった。時間は23時55分。日付が変わる前に家に到着することが出来た。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休んで」
「西園寺さんも」
タクシーを降りる。
「もう夏休みに入るよな?」
「おやすみなさい」と口にしようとした時、引き留めるように西園寺さんの声がした。
「はい」
「じゃあ、たまには合鍵を使ってくれると嬉しい」
「あ……はい」
もらった合鍵を使ったことはなかった。夏休みになれば、少しは時間に余裕もできるだろう。西園寺さんとゆっくり過ごしたいのは私も同じだ。
夏休みに入ると、授業がなくなった分、アルバイトを増やし練習をして、そして西園寺さんと過ごした。
マンションで、バイオリンの練習をして一緒にご飯を食べる。
「――今度、デートしないか?」
「デート、ですか……?」
窓際で、一枚のシーツにくるまりながら西園寺さんに後ろから抱きしめられている。
「そう。前にあずさが言っていた。音楽は練習室で練習するだけがすべてじゃないって」
西園寺さんの長い脚の間にすっぽりと丸まって座って。私の肩に西園寺さんが顔を埋めるから、くすぐったい。
「あ……。あの時、私、相当むきになってましたよね」
あのホテルの裏庭で、よく知っている人でもないのに言いたい放題言ったのだ。
「いや、納得したよ。音楽は感情だってね。確かに感情が大事なら、いろんな経験が必要だ。だから聴きに行こう」
「聴きに行く?」
「今度来日するモスクワフィルのチケット。手に入ったから、一緒にコンサートに行かないか? 音楽の勉強には、たくさんの本物の演奏を聴くことも必要だと聞いた」
「モスクワフィル……っ?」
思わず、勢いよく後ろを振り向いた。
「チャイコフスキーのコンチェルトをやる、モスクワフィルのコンサートですよね? ソリストが、アンネ・フィッシャーで。私、彼女のバイオリンが本当に好きなんです。女性なのにパワフルで技巧的で、それでいてめちゃくちゃ音色が美しいんです! 私が最高に憧れている曲、チャイコのコンチェルトとアンネの組み合わせで、行きたくてたまらなかったんだけど、何せチケットが高くて諦めて……」
興奮気味に一方的に捲し立てた私を、愉快そうに西園寺さんが見つめている。
いつもよりリラックスしたラフな髪形の西園寺さんは、それはそれでまた色気があって、にっこりと私を見つめる目でさえドキッとする。
それで本題を忘れそうになったけれど、すぐさま我にかえった。
「大丈夫、チケットはプレゼントする」
「でも、外国のオケのチケットはとにかく高いんです。そんなもの出してもらうわけには――」
「じゃあ、俺が既に持っているチケットはどうすればいいんだ? 捨てる?」
「そ、それは……」
西園寺さんの腕が私の腰を引き寄せた。
「俺の働いた金で、俺があずさと行きたくて買ったものだ。それでもまだ、躊躇うのか?」
「……私は、西園寺さんに何もしてあげられていません。それなのに、私がもらってばかりで――」
「あずさ」
俯く私の顔を、その手で上を向かせた。
「あずさは、自分の腕を磨くことを考えろ。所詮俺に出来ることなんてこんな程度のことだ。全部、俺がしたくてしている。俺があずさにしてほしいことは、心から俺に甘えてくれること」
その大きな手と大きな胸が、私を抱きしめる。
私は、西園寺さんに、何を返してあげられるだろう。