囚われのシンデレラ【完結】

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 コンサートが終わったあと、ホールの外にある公園を2人で歩いた。
 この日は、夏の暑さが少し影を潜め、気持ちの良い風が吹いていた。

「最高に良かった! アンネのバイオリン、どうしてあんなに重厚な音が出るんだろ。オーケストラをバックにしても、全然埋もれない。旋律を際立たせて、聴衆に迫って来るの。それでいて、高音は、美しくて繊細で、少し艶っぽくて。オケの盛り上がりとの掛け合いも言うことなしで。感動しました」
「あずさ、途中で、少し目が潤んでたな」

手を繋いで隣を歩く西園寺さんが、私の顔を覗き込む。

「だって、チャイコフスキーのバイオリンコンチェルト、大好きなんです。いつか、あんな風にオケと演奏出来たら……。チャイコフスキーコンクールに出て、本選まで進めたら、コンチェルトを弾けるんですよ。だから、いつか受けられたらいいなって……」

目標としている国際コンクールだ。
それはあまりに険しく高く立ちはだかるものだけれど。

「だから、留学先の希望がロシアなのか。確か、チャイコフスキーはロシアの作曲家だよな?」
「そうなんです。モスクワに名門音楽院があって。世界中から優秀な学生が集まってるんですよー。習ってみたい先生もいるんです」

星が浮かぶ空を見上げていると、西園寺さんが呟くように言った。

「……あずさがあのコンチェルトを弾いたとしたら、あずさはあずさのコンチェルトになるんだろうな」

その横顔を見つめると、ゆっくりとその顔が私の方に向く。

「それを聴いてみたい。今日のコンサートを見ていたらそう思った」

繋いだ手に、どちらからともなく力を込める。その手を優しく引っ張られると、すぐそばにあった木に身体をもたれるように立たされた。そして、西園寺さんと向き合う。

「俺も、夏が終われば現場での勤務から経営企画部に移ることになってる。経営について経験を積んで行くんだ」

私の髪を撫でながら、自分の話をしてくれた。

「いずれは組織の中枢で仕事をすることになるから、絶対に必要なスキルになる。でも、より良いホテルにするには、現場での経験も大切で。与えられたこの期間、出来る限りのことを吸収しておくつもりだ。俺、なんだかんだ言って、うちのホテルのこと結構気に入ってるみたいだ」

西園寺さんの仕事のことを、私では分かってあげられることは少ない。それでもこんな風に話してくれるのが嬉しい。

「西園寺さんなら、絶対世界一のホテルにしちゃうと思います。たくさん稼げるようになったら、私、自分のお金で泊まりますから!」
「それはそれは、超VIPなお客様だ」

胸を張ってそう言うと、西園寺さんが笑った。

「――あずさ」

それなのに、急に真剣な眼差しになるから、胸が高鳴る。

「……好きだ」
「私も、です」

傾く西園寺さんの顔に、自然と目を閉じる。
そして、優しい唇が重なった。
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