囚われのシンデレラ【完結】

「やめてください――」
「この通りだ。もう佳孝とは会わないでくれ」

斎藤さんの丸まった背中に容赦なく雨が叩きつける。

「お願い、です。もう、やめて……っ」

斎藤さんの元にしゃがみ傘をさしても、この手に力が入らない。雨に濡れているのかしのげているのか、もはや分からなかった。

「もし、もう一度でも君に会ったら、佳孝は、見境のないことをしてしまうかもしれない。何もかもを捨ててしまうかも。そうなったら、周囲がどれだけ大きな傷を負うか。いや、そんなことをして誰より傷つき後悔するのは佳孝自身だ!」

私は、西園寺さんにそんなことをさせられるのか。

「君の知っている佳孝は、優しく君を守るかっこいい男だっただろう。君の前ではかっこいい男のままでいたいと思っているはずだ。苦しんだり、惨めな姿は見せたくない。惚れた女ならなおさらだ」

頑なに土下座をし続ける斎藤さんに、胸が激しく痛んで呼吸も上手くできない。

「君の中に残る佳孝の姿は、楽しかった時のままの佳孝であってほしい。君の夢を誰より応援していたのは佳孝だろう。あいつとのことはいい思い出にして、君は君の道を行け。君と佳孝を応援すると言ったのに、こんなことを君に言わなければならないこと、許してほしい」

西園寺さんとのいろんなやり取りが、次から次へと溢れて来る。
何を思い出しても、優しく見つめてくれて、寄り添って、抱きしめて励ましてくれた姿。
いつも、たくさんの愛だけをくれた。いつももらうばかりだった。
そして、私のヴァイオリンを変えてくれたのも西園寺さんだ。

そんな西園寺さんを、私がいることでこの瞬間もどれたけ苦しませているのか。
あの夜の、私を抱きしめた西園寺さんの苦しげな顔がこの目に焼き付いて離れない。

私は、何の力もないただの学生で。西園寺さんを助けてあげることもできない。
こんなに辛い状況の時でさえ、西園寺さんは私には何も言えず頼れない。
私は、守られることしかできない人間だ。

「……せめて最後に、これまで、ありがとうって言いたかっ――っ」

意味のない願いと共に嗚咽が漏れそうになって口を押える。
押さえても押さえても漏れ出て溢れて。今すぐ会いたいと溢れ出して声を上げる。

激しい雨音がそれを掻き消した。



『あずさちゃんは、佳孝を恨むか? 出会ったことを後悔する?』

斎藤さんに合鍵を手渡した時、最後にそう問われた。

そんなはずない。恨むなんて、そんなこと絶対にない。

ただ、大好きだった。好きでたまらなくて、会えない時に西園寺さんのことを思い出すだけで甘く切なく胸を焦がした。
西園寺さんと出会って、恋を知った。

その恋は、とんでもなく幸せが詰まった宝箱みたいだった。

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