囚われのシンデレラ【完結】
その日の帰り、自宅の最寄り駅から家までの道のりを歩いている時だった。
住宅街にある公園の前にさしかかる。
「――あずさ。あぶねーだろ。ちゃんと前を向いて歩けよ」
おもむろに後ろを振り向くと、柊ちゃんが歩いて来た。
その時、すぐ目の前に路上駐車されている車があるのに気付く。
「……うん、気を付ける」
今は柊ちゃんと話す気分にはなれない。車を避けて、すぐに前を向き歩き始めた。
「ちょっと待てよ。おまえと少し話がしたいんだ。そこの公園に付き合え」
「ごめん、今日は疲れてる――」
「十数年の付き合いの幼馴染の言うことも、少しは聞けよ」
勢いよく腕を掴まれ、鋭いけれどどこかぎこちない声が向けられた。
「それくらいもできないほど、おまえにとって俺はどうでもいい存在なのか?」
私を見る目があまりに必死で、それ以上断ることが出来なかった。
この公園で、小学生の頃は、他の同級生たちと一緒に柊ちゃんとよく遊んだ。中学生の時は、下校途中ここに寄り道してよく話をした。高校生の時は、バイオリンの練習に行き詰った私を柊ちゃんが連れ出して、一緒に缶ジュースを飲んだりした。
「……おまえさ」
柊ちゃんの後ろを無言のままついて行くと、公園に入ってすぐのところで柊ちゃんが私の方に振り向いた。
「何かあったのか?」
向けられた視線に応えられず、すぐに俯く。
「俺と話してた時、西園寺さんから電話がかかって来て遅くに出かけて行ったよな。あれからそう日も経ってない。おまえの様子がおかしいって、おばさん心配してた」
お母さんが柊ちゃんに――。
「あの人と、何かあったんじゃないのか? もしかして、捨てられた――」
「違う!」
柊ちゃんの目に怒りが宿り始めて、咄嗟に叫んでいた。
「捨てられたなんてそんなんじゃない。西園寺さんはそんな人じゃない」
「じゃあ、なんでそんなに目を腫らした顔してんだよ。ボロボロになってんだよ……っ」
大股の足で近づいてきて、私の肩を乱暴に掴んだ。
「仕方ないこともあるんだよ。どうしようもできないこともある」
「どうしようもないって、やっぱり別れたんじゃないか。どっちにしたって、あいつの都合で捨てられたんじゃないのかよ。おまえが傷付けられたんじゃないのかよ!」
「西園寺さんのこと、何も知らないくせに勝手なこと言わないで。あの人は何も悪くない――」
「バカ野郎……っ!」
呻くようにそう言った後、柊ちゃんが私の肩を強く引き寄せ抱きしめた。
「どうしてそんなに庇うんだよ。泣いたんだろ? そんな目になるまで泣いたんだろうが。辛いから泣くんだ。辛い目に遭わされたのと同じじゃねーか」
「柊ちゃん、やめて。離して――」
「だから言ったんだ。あの人はやめろって。得体の知れない家の人間と付き合えば、遅かれ早かれこうなる。傷付けられて捨てられるんだ」
柊ちゃんの腕がきつく私の身体を縛り付ける。身動き一つできないくらいの力の強さに、私は思い知る。
西園寺さんのことをどれだけ好きだったのか――。
恋に落ちた。その恋を見て見ぬふりすることなんて出来ない、逆らえない感情だった。あの時の私がこの結末を知っていたとしても、きっと止まれなかった。
『柊ちゃんが言うように、いつか私のことなんて見向きもしなくなる時が来たとしても、それで傷付いても絶対に後悔なんてしない。だって、この気持ちは失くせないから』
以前、柊ちゃんに言った言葉――それがすべてだった。