Better late than never〜失った恋だけど、もう一度あなたに恋してもいいですか?〜
「……よく言うわ。私なんて何の力もないもの……」

 仕方なく彼の手を握り返した芹香に、誠吾は優しく微笑みかける。

「そうですか? 前回お会いした時よりも、更に美しさに磨きがかかってますよ。可愛い少女だったあの頃が懐かしい」

 彼の言う"あの頃"とは、家庭教師をしていた小学生の頃だろうか。それとも誘拐されたあの頃か──どちらにしても、そんな言葉を簡単に口にする彼に苛立ちを覚える。

「あれからどれだけの時間が流れたと思っているんですか? いつまでも子供じゃありませんから」

 精一杯の皮肉を込めるが、誠吾はクスクス笑うだけで何も響いていないようだった。

「それは失礼しました。これからは大人の女性として接しなければなりませんね」

 その言葉に芹香はドキッとした。あの日あんなに傷付いたのに、どこか褒められたような気持ちになって、胸が熱くなってしまう自分がいた。

 しかしハッと我に返り、自分の考えの馬鹿さ加減に呆れてしまう。こんなのはただの社交辞令、私の気持ちなんてわかってないし受け入れるはずがない。

 同じ轍は踏まないと決めた。そんな人に同じ気持ちを抱いたって、また傷付くだけだ。

 芹香は顔を上げると、父の顔をキッと見つめた。

「……私は明智さんのそばにいるだけでいいんですね?」
「あぁ、その通りだよ」
「わかりました。父の頼みですし、お引き受けします」

 するとその瞬間三人がにこりと微笑んだので、芹香はまるで罠にかかった動物のような気分になった。

 今日だけよ。そばで立っていればいいだけのこと──たとえ罠だとしても、今日だけは我慢しようと心に決めた。

「明智さん、会場には皆で移動するのでそちらで合流しましょうか」
「わかりました。では後ほどお迎えにあがります」

 秀之と誠吾の会話が終わると、芹香は勢いよく社長室を飛び出した。
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