Better late than never〜失った恋だけど、もう一度あなたに恋してもいいですか?〜

エピローグ

 誠吾は心地良い微睡みの中にいた。ふわふわとした感覚、夢と現実の境で、ある日の記憶に想いを馳せる──。

 あれはインターンシップ制度を使って働いていた会社の社長に気に入られ、時々夕食に招待してもらった時のこと。

 国立大学に通っていることや、中学受験を経験していることから、社長直々に娘の家庭教師をしてくれないかと打診されたのだ。

 卒業論文や試験のことで忙しかったが、夕食後の二時間ほどの勉強にも関わらず、破格のバイト代を提示されたことでつい引き受けてしまった。

 娘の名前は野々村(ののむら)芹香(せりか)。小学六年生とは思えないほど、どこか大人びた雰囲気を醸し出していた。

 肩より長めの黒髪、すらりと伸びた身長。しかし自然と漏れる屈託のない笑顔は、年相応の子どもらしいものだった。

 勉強の方も、誠吾の教えなど必要ないくらい良く出来ていた。そのため、バイト代をもらうのが申し訳ない気持ちになる。

 きっとその想いが強くなっていた頃。

「芹香さんは私が教える必要がないくらい、しっかりと勉強されてますよね」

 つい本音が出てしまった。すると芹香は誠吾に向かってにっこり微笑んだ。

「たふんお父さんは私に少しでも長く勉強して欲しいんだと思います。きっと受験に落ちてほしくないんじゃないかな……。私は明智さんとの勉強は復習にもなるからとてもためになってるんですけど……逆に明智さんは仕事と勉強で疲れているのに……本当にすみません」

 小学生に気を遣わせてしまったことに気付いて、誠吾は自分自身の小ささに肩を落とした。

「すみません……そんなつもりではなくて……」
「明智さん、私このページの問題を全部解いちゃうので、もしお疲れだったら休んでいてくださいね」
「いや、そういう訳には……」
「わからない問題があれば後で聞きますから、気にしないでください」

 そう言って微笑む芹香からは、温かく柔らかな雰囲気が感じられた。

「ありがとうございます。芹香さんは優しいですね」

 誠吾が言うと芹香は嬉しそうに頬を染め、それから俯きがちに机に向かった。

 鉛筆の音と時計の針の音が響く静かな時間が流れていく。いつの間にか誠吾は眠りの世界へと(いざな)われていった……。
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