大好きだよ、堕天使くん
堕天使くんを初めて見て、ベタだけれど体に電流が走った。
この人は私の運命の人だと思ったし、どれだけ愛を述べてもこの気持ちばかり表現できないと悟った。
あの時は直ぐにどこかへ行ってしまったけれど、ここに来ればいつかまた会えるだろうと思って、初めて会ったあのお花屋さんの前に通い続けた。
雨が降っても、カンカン照りの日も、木枯らしが吹くような寒い日も。
でも、会えなかった。
あのイカつい車も、真っ黒なスーツを来た人も、誰1人として会えなかった。
(今日も来ないかな〜…)
堕天使くんに関する情報が少なすぎて、待つことしか出来ない。
二度と来ない可能性の方が高いけれど、ここで待つ他ないことが辛かった。
「…La,La,La」
高くて機械のような声を出す。
そして、次回の曲の音程を覚える。
「ん"ん"ッッ…」
週一回と決めた動画投稿に間に合わせるためには、明日には録音を終えなくてはならない。
私は小さな頃から歌を歌うのが好きで、11歳の時から歌の動画を投稿している。
週一回投稿すると決めたのは中学受験が終わった時だけれど、それ以来活動が少しだけ負担になっていた。
その時からある人に音・動画編集は任せているけれど、以前のように全て自分で行っていたら、今まで通り月に1本が限界だった。
「La…ここは絞ろうかな…」
私の夢は歌い手としてメジャーデビューすること。
周りには素晴らしい人が沢山いて、自分がそこに追いつくのは随分先だろうけど、不可能だとは1度も思ったことがない。
(私は好きなことを好きにやりたいの…)
私が歌うのはボーカロイドばかりなのは、この素晴らしい世界を馬鹿にされたくないから。
『どうせ機械でしょ?』
そんなこと、もう言わせない。
「La,La…」
可愛い女の子、初音ミクちゃんの声で頭を埋め尽くす。
彼女はここにいる。
いつだって私を────
「お前、あの時の…」
凍えた手に息を吹きかけた時、頭上から声がした。
「…誰?」
紺色のスーツにストライプのシャツ。
高そうな時計に、固められた頭。
「今の声、もっかい出せ」
「…誰ですか」
「いいから出せよ」
こんなに寒いのにコートも着ないで、馬鹿みたいな人。
「リスナーの人?」
「は?」
私の声を求める人なんてこの世にいるとは思えないけれど、強いて言うならば私のリスナー様だろう。
でも、それも違うようで、怖い顔で早く声を出せと圧をかけてくる。
「La〜……これでいいですか」
たったワンフレーズの音を歌っただけなのに、この人は顔を顰めて、眉を下げた。
そして、少し悲しい顔をして右側を見つめた。
「……ここで何してんの?」
「堕天使くん待ってるんです」
「誰」
「仮面つけた人」
「テシのこと?」
「私の運命の人」
私がよく愛用する顔文字のように目を丸くした男の人。
そして直ぐに
「バカ?」
と、私を狂った人のように扱う。
「好きなだけ」
「ただ見ただけなのに?」
「少し話しました」
「……それだけ?」
「はい」
早くどこかに行かないだろうか。
歌を覚えなくてはいけないのに。
「会わせてやろうか」
「……冗談?」
「ちげーよ。テシに会いたいだろ?こんな中待ってるってことは」
テシ……堕天使くん!!
「会いたい」
「んじゃ、あの車乗れ」
男が指さしたのは真っ黒なバン。
「…」
「怖えならやめとけ、その程度なんだろ?」
挑発されても、彼が本当に堕天使くんに会わせてくれるか分からない。
まして、なんだか危ない香りが漂う男だ。
「…何かしたら、直ぐに110番しますよ」
「止める方法ならいくらでもある」
「何かするつもりなんですか?」
「わざわざ自分から警察沙汰になる気はねーよ」
知らない男、密室。
危ないことは頭ではわかる。
でも、このチャンスを逃したら堕天使くんに二度と会えないかもしれない。
私は覚悟を決めて携帯から流れる音楽を止めた。
「堕天使くんに会わせて」