あなたしか知らない
仕事を終えて、祐奈が店の通用口から出たのは十時を少し過ぎた頃だった。
先斗町では宵の口かもしれないが、この辺りは静かなものだ。
「お疲れさまでした」
「さようなら」
十時上がりのバイトの子たちと別れて駅に向かおうとしていたら、旅館の前に数台のタクシーがとまった。
どうやら迎えの車らしい。
祐奈は足をとめて、客が出てくる邪魔をしないように塀のそばまで下がった。
「今夜はありがとうございました」
「女将、今夜も美味しかったよ」
「それはよろしゅうございました」
伯母の声が聞こえると、数人の男性客が門から姿を見せた。
みな上品な雰囲気の初老の男性だったが、ひとりだけ頭抜けて背の高いシルエットが見えた。
あの人だった。
大学ですれ違った『コンサルさん』に間違いない。
街灯くらいしかないから彼からは祐奈の姿は見えないだろうと思っていたが、タクシーが走り出した時に後部座席に座った彼と目が合った。
祐奈を見た彼が、驚いた顔をしたのがわかった。
それは一瞬のことで、あっという間にタクシーは走り去る。
(一日で二度も見送るなんて……)
なにか縁があるのかなと、不思議な体験に祐奈は首を傾げていた。