あなたしか知らない
転機
週末、凌は最終の新幹線で東京の実家に帰った。
自分の生まれ育った家とはいえ、仕事で出張の多い凌にとっては眠るためだけのビジネスホテル程度の感覚だ。
家に帰り着いた時はもう遅い時間だったが、母がまだリビングのソファーに座っていた。
家の中は静まり返っているから、広い屋敷には母ひとりなのだろう。
テーブルの上のミントンのカップには冷え切ったままの紅茶が残っている。
「ただいま」
どうやら凌の帰宅を待っていたようだから、母に声をかけた。
「お帰りなさい」
凌の姿を見ても淡々としている。
とくに用事はないのだろうと自分の部屋に引っ込もうとしたら、母が声をかけてきた。
「凌さん、ちょっと」
疲れているのに面倒だなと思いながら、凌は母の方を振り向いた。
「なんでしょう」
「今日は広宗さんとは一緒じゃなかったの?」
なんとなく棘のある言い方だ。
「ええ。私は京都にいましたし、お義父さんは滋賀にある工場の建設現場に行っているのでは?」
違う会社で働いているのだから、一緒にいるわけないだろうと思ったが口には出さなかった。
「おかしいわね。広宗さんを京都で見かけたって聞いたのよ」
「は?」
「お友達が京都に遊びに行ったら、彼が京都の街の中を歩いていたって言うの」
「まさか。見間違いでしょう?」
いつもの被害妄想かと思って、凌は相手にしなかった。
「でも、これ見て」
だが、母はスマートフォンに送られてきている写真を見せてくる。
そこには義父らしい男性が小さな紙袋を手にしている姿が写っていた。