あなたしか知らない


「他人の空似では?」

「だって、このスーツを見間違えるわけがないでしょう?」

いつもの銀座のテーラーで仕立てたものだから区別がつくらしい。

「なにか用事があったのかもしれませんよ。琵琶湖の現場からは京都市内は近いですし」

母は無言でなにか考えているようだ。
凌としては、夫婦間の面倒なことに関わり合いたくない。

「……なにかわかったら、あなたに相談するわ」
「どういうことですか?」
「私、キチンと調べるから、あなたも協力してちょうだいね」

凌はあえて、これ以上は母の話を聞かないことにした。
それくらい母の雰囲気は重々しかったのだ。『なにかわかったら』とはどこまでを意味するのだろう。
例えば浮気していたとか、離婚の準備をしているとかだろうか。

(どっちだとしても、俺にはどうすることもできない)

両親はあまり上手くいっていないと感じていたが、義父の立場を考えたらなにかあるとは考えにくい。
ただ弟のことは心配だった。
弟の尊はややデリケートな体質で、幼い頃には学校を休みがちだった。
今ではすっかり元気なのだが、母は幼い頃のままに思えるようで尊を溺愛している。
両親の不仲が尊に与える影響だけが、凌の気がかりだった。


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