とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
「おやすみなさい」

そう言って邑木さんに背を向け、手すりに手をのばすと、突然その手を背後から掴まれた。
振り返ればぐっと引き寄せられ、ついさっきまで他人の顔をしていた顔が困ったような、驚いたような顔でわたしを見つめた。

困っていたのも驚いたのも、わたしの方なのに。

「なんなんですか、いったい」

「ごめん」

言葉を被せるように謝罪され、わたしの口は中途半端にあいたまま固まった。

「そうだな。由紀ちゃんの言うとおりだ。避けてた」

「……なんで、そんなことしたんですか。人と一緒にいたからですか?
婚約者がいるから、不倫相手のわたしとは知り合いの前では話せないってことですか」

つい、眉が寄った。
1ミリだって表情を崩したくないのに。
この(ひと)に感情なんて出したくないのに。

もう、駄々洩れだ。

「あいつらは関係ないよ。そもそも、もうここへは来ないつもりでいた」

「なんで、ですか……」

「君、あの康くんって呼んでる人と親戚かなにか、親しい関係だろう」

「あ、はい。従弟です」

「だからだよ。君に不倫させてる俺がここへ来る権利はないと思った。
旨い酒が飲めなくなるのは残念だけど。
あいつらに連れられて、まさかここに来るとは思わなかった」

ごめん、と邑木さんは眉を下げた。

この(ひと)はそんなことを考えていたのか。
誠実、なんだろうか。ある意味では。
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