とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
「いや、それはそれで興奮した。予想外で」

「興奮じゃなくて、もっと他の言い方ないんですか。
それに我慢のあとって……邑木さんってサドなんですか、マゾなんですか」

「どっちかな。試してみようか」

「嫌ですよ。どうしてわたしが邑木さんを蹴ったり叩いたりしなきゃいけないんですか」

「ああ、逆ならいいんだ」

「そういう意味で言ったんじゃないですよ」

まったく呆れてしまう。
ショートケーキの苺だの、サドだのマゾだの。
わたしはいったいこの(ひと)となにを話しているのだろう。

深いため息をついていると、邑木さんはわたしをじっと見つめた。

「由紀ちゃん、キスしよう」

「……どうして、今このタイミングで」

「キスしたいから」

掴めない。わたしにはこの(ひと)がまったく掴めない。
今日会ったばかりのあの美容師の男の方がよほどわかりやすい。

「君とキスしないと仕事に行けない」

「いや、行けますよ」

「いや、行けない」

「行けますって」

「このあと、もし俺になにかあって死んじゃったりしたら、キスしなかったこと後悔するよ」

「そういう……そういう脅し、最低」

眉をぎゅっと(ひそ)めて顔を背けると、邑木さんから吐息のような笑みがこぼれるのを感じた。

この状況でよく笑っていられる。
自分に向けられている感情もわからないのか。

下唇に歯を立てて噛み締めていると、頬にふにゅりとなにかが触れた。
それは唇だった。
いつもよりずっと軽薄に見える唇。
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