とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
「いや、今のは本当に。本当に俺が悪いよ」

「いえ、そんなこと」

「それに、うれしかった」

うれしいと言われても、よろこばせるようなことをした覚えはない。
なにがうれしかったんですか? と訊ねる。

「由紀ちゃんに、やだ、やめてって言われた」

「……マゾですか」

サディストみたいな顔をしてマゾヒストだったのか。

「そうじゃなくて。由紀ちゃんが敬語じゃなかったから」

意味がよく飲み込めない。
「敬語じゃない」と「うれしい」が、いったいどう結びつくのか。

「敬語がそそるときもあるけど、はじめて敬語じゃなかったから。
なんていうか自然体で、ぐっときた。
それに怒るってことは、俺の身になにかあったら君は気を病むってことだろ」

「そこまでつめたい人間じゃないですよ」

不覚にも、くすりと笑ってしまった。

あんな態度をとってしまったというのに、大人の(ひと)にうれしいだとか、ぐっときただなんて言われるとは思わなかった。

なんて直球だろう。言葉に遠回りがない。

わたしが思うより、この(ひと)は幼いのかもしれない。
ショートケーキを食べ終えた皿に残った真っ赤な苺に、うきうきとフォークを立てる邑木さんの姿を想像すると、ますます笑えてくる。
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