とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
昨夜はどうなっていただろう。
もし、わたしに少しでも波多野さんのような観察力と穏やかさが備わっていたら。

観察力は無理だとしても、せめてもう少し穏やかだったら。

あの(ひと)がしてくれたことを、わたしはすべて無にしてしまった。

「あ、しまった。大根。大根、おろしたのに持ってくるの忘れた」

康くんが焦って席を立つと、波多野さんと目が合った。

「お説教するつもりはないし、さっき言ったことと矛盾してるかもしれないけどね、贈り物って受け取ってもらえなかった方はけっこう哀しいものだよ。
贈り物を選ぶ時間って、相手のよろこぶ顔や反応を想像して、とてもたのしいものだから。なおさらね」

康くんには内緒だけど、これも僕の経験談。
波多野さんは小声でそう言い、やっぱり森のくまさんの笑顔を浮かべた。


わたしは社会人になって、はじめてのお給料日のことを思い出した。

自分には、少し高いけれど使い心地のいいボールペンを。
家族には、花のようにきれいなケーキを買って帰った。

だけど妹は一口も食べなかった。

ダイエット中なんだけど。なにこれ嫌味?
苛立ち交じりに言われ、「ゼリーも買ってきたから、ゼリーくらいならいいでしょ?」と返したけれど、妹はさらに不機嫌になるだけだった。

本人が気にするほど、妹は太っていない。
妹がダイエットをはじめたきっかけは、おそらくわたしにある。
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