好きになっちゃ、だめでしたか?
 彼女が行ってしまったあと、矢崎も俺もしばらくの間口を閉じていた。まだ【るい】の花の香りが残っている。

 そのとき教師が来て「おーい、お前らなにやってんだ? はやく帰れよー」と俺たちを教室から追いだす。

 玄関までの道のりを歩いているとき、矢崎は「どう思う?」と普段よりも低めの声で訊ねてきた。

「どうって、彼女が神山のこと好きかどうかってこと?」

「まあ、そんな感じ」

「あれは、まあ、好きだろうな」

「やっぱそう思った?」

 さっきの彼女の顔を思い出す。笑ってはいたが、明らかに視線を俺たちから外した。感情を隠すかのように左手を右手で覆っていた。

「泣きそうな顔、してたじゃん。本人は強がってる感じだったけど」

「だよね。あんな顔見たらさ、なんか、留衣のこと本当は応援したかったけどね」

「うん……確かにそうだよな」

 矢崎の言いたいことは、直接言葉にしなくても十分に伝わってきた。

 廊下を歩く俺たちの足跡が、誰もいない空間に響く。

 もう少しで部活を終えた生徒で静寂は破られるだろう。

「ああもう、どうしたらいいのかな。わたしたち」

 矢崎は「あーあ」と言って、床を蹴った。

「って言ってもな、俺たちにはどうすることもできないのが正直なところ。でも、きっと今のままじゃ誰も幸せにはなれないよな」

 矢崎がため息を吐くのと同時に、俺も息を吐いた。

「またナイト様になりなよ。大野が」

「いや、無理だろ。恋愛に関しては」

 最初から神山が留衣と彼女を間違わなければ、誰もがこんなに苦しまなくてすんだのかもしれない。

 もし時間を戻せるのなら、神山が留衣に告白をした日に戻してほしい。
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