好きになっちゃ、だめでしたか?
 ガラス張りの水槽で、下から見る魚たちは優雅に泳いでいる。魚の白いお腹は、柔らかそうで触ってみたくなる。

 魚はもちろん可愛くて癒してくれるけど、気になるのはやっぱり繋がれた手で……。

 わたしと春樹君の手は握られたままで、彼の温かさが手から身体に伝わってくる。

 魚からふと視線を春樹君に移すと、水槽からの光で顔が輝いて見える。

 そのとき、わたしたちの近くをサメが泳いでいく。大きなサメだ。

「ねえ、見た!? 今の、サメ」

 わたしは春樹君のほうを見て、まるで小さい子どもみたいにサメに反応してしまった。

 春樹君は私に顔を向ける。でもその顔は笑っていなくて、ほとんど真顔だ。

 そのとき、春樹君の手がわたしの頬に触れる。

「え」

 次の瞬間、唇に温かいものが当たっていた。

「って、ごめん。こんなところで」

 春樹君はすぐにわたしから離れ、随分と遠くのところで1人蹲る。

 今のって、キス、だよね? え、春樹君とわたしが、キス?

 近くで火を燃やしているみたいに全身が熱くなって、どうしたらいいの分からなくて、とりあえず魚を見た。
 
 唇に無意識に指を当ててしまう。

 柔らかかった。一瞬だったけど、今までとは比べ物にならないほどにどきどきした。

 春樹君はなかなか戻ってこない。

「は、春樹君、その……」

 一歩一歩、春樹君に近づいていく。

「ごめん、いきなり。嫌だったでしょ?」

「そ、そんなことない、よ」

「いつも、大野君に嫉妬してて。留衣がいつも笑顔向けるの、大野君だったから。僕に向けてくれて、つい嬉しくて」

 蒼に嫉妬、なんて、春樹君が?

「そ、そんなことないよ。蒼は幼馴染で。なんていうか、双子みたいな感じで。だから、気抜いちゃうって言うか。いつも、近くにいるから」

「だから、嫉妬、しちゃうんだよ。いつも留衣の近くにいて仲良くしてるから」

 まるで、本当にわたしのことが好きみたいな春樹君の言葉に、半分は空を飛べそうなほどに嬉しくて、だけど半分は胸が締めつけられる。

 春樹君なりに、わたしへの気持ちを本物にしようとして、演技をしているのかもしれない。春樹君は、優しい人だから。
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