好きになっちゃ、だめでしたか?
「お、お兄ちゃん」

 留衣は目を丸くした。

「知った顔が集まってたからさ、来ちゃったんだよね」

 留衣の兄貴は相変わらず軽いというか、飄々とした雰囲気を纏っている。

「えっと、留衣のお兄さん?」

 矢崎は相変わらず赤い顔で、留衣の兄貴の顔を見ている。

 あまりにも分かりやすすぎて笑いを堪えきれず、ふっと口元を緩ませた瞬間、足を思いきり踏まれた。

 結構な痛さで、矢崎の顔を睨むと逆にナイフよりも鋭い視線が刺さってきた。

「うん、留衣の友達? 留衣がお世話になってます」

「い、いえ、こちらこそ」

 矢崎は俺たちといるときとは違い、しおらしくなる。

「で、なんの話してたの?」

「体育祭で、肝心なときにお兄ちゃんがいないって話。だから、大切な異性っていうお題に、蒼を連れてったんだけど……それで噂が立っちゃったみたいで。蒼がわたしを恋人から奪った、的な」

 聞いた瞬間、留衣の兄貴は心底面白い話が舞いこんできたと言うように、腹を抱えて笑いはじめた。

 あははっ、という声が体育館に響いている。

 すれ違う人たちが俺たちをちらちらと見ている。

「なるほど、なるほどね。そんな面白い場面のときに俺いなかったんだ。タイミング悪すぎ」

 留衣の兄貴は目から零れそうになる涙を指で拭き、ふーっと声を出しながら息を吐いた。

「本当、タイミング悪いよ。お兄ちゃんがいれば、お兄ちゃん連れていったのに」

「なんで? ほら、例の恋人連れてけばよかったじゃん」

 留衣は兄貴から視線を外し、ま、まあ、と誤魔化している。どうやらまだ話していないようだった。

 しゃがんで俺たちに顔を近づけ、「え、もしかして別れた?」と訊ねてくる。

 留衣を見ると唇を噛んでいて、誰とも目を合わせないようにか下を向いている。

「あー、そうなのか。なんか最近変だと思ったら」

 留衣の兄貴は、一人、そうかそうか、と頭を振っていた。

「まだ心の整理ができてなくて。ちゃんと、落ち着いてから言おうと……」
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