息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
いわくの地/その4


「…お嬢さん、もし時間良かったら、外でもう少し話せるが…。どうします?」

「ええ、ぜひお願いします」

「じゃあ、裏門の噴水脇で待っていてくれるかな。5分くらいで出るから。参考になるノートもここにあるので、持っていくよ」

多田はひょうひょうとした表情でそう告げると、そそくさと自分の机に着き、後片づけを始めた。

”この際、あそこのことはいろいろ聞いてみよう。それからの方がいい…、向井さんのところに行くのは…”

律子はそう頭の中で呟いが、そこには向井に”会いに”行くという文言はなかった…。

...


役所庁舎の裏側にある、丸い池に流れ落ちる噴水は決して勢いはないが、清らかでどこか神々しい水音を発しているようでもあった。

「…そう、あなたは千葉から来たの…。あそこはここと違って、温暖で気候は恵まれてるよね」

「はい…。でも、母方の実家は岐阜県内の飛騨山地の麓で、今日ここへ来る前、寄ってきたんです。この辺りとは、どことなく似た感じもするんですよね…」

「うーん、そうかもな…」

多田はちょっと苦笑いしていた。

...


池の端に腰を下ろし、律子は多田から尾隠し地蔵の言い伝えを聞いた。
それは数日前、その”現地”で向井祐二が話した内容と同じだった。

「…あのトンネルができる前までは、尾隠しの部落へは西側の崖をいったん降りて谷沿いにたどって入ったそうで、長い間閉ざされた集落だったみたいでね。…トンネルができても、尾隠しの先は深い山に遮られているから…。住人を除いては、集落に用がある人以外、めったにあのトンネルは通らないんだ」

律子は、”あそこ”へはオークションで落札したバイクの引渡しで数日前に訪れたことを、ありのまま多田に話した。
そして、最初の遠出で母の親戚を訪ねたので、ここまで足を延ばしたと…。

多田は”そうなの…”と、ふんふん頷き、特段問いただしてくることはなかった。

...


「…その取引相手が云々ってことはないが、あそこの集落は、どこか人を寄せ付けない雰囲気があると思ってる人は少なくないようだよ。もちろん、口に出したりはしないが…」

「あそこのお地蔵さんと杉の大木には、なんとなく圧倒されるものを感じたんです。何でもいいですから、ご存知のことは個人の立場でもいいですから、聞かせてもらいたいんです。遠くから来てますし…」

多田はやや表情を崩した。
そして、改まった口調で律子に言った。

「じゃあ、役場の人間ではなく個人でね。せっかくだから、めったに話さない、あの地にまつわるエピソードを教えますよ。あそこに興味を惹かれたあなたには…」

そう言って、多田は手にしたノートを広げた。



< 48 / 118 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop