息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
導かれる者たち/その1


「ええと…、もう3年も前になるか…。そうそう、あの日、60代前半くらいのひげを生やしたスーツ姿の男性が私を訪ねてきたんだよね…」

ノートの日付を指でトントンと突きながら、多田は記憶を呼び起こしているようだった。

「…ああ、その人は医者だったよ。どうやら先方は、私がこの土地のことに詳しいというのを誰かに聞いたみたいで…。今日のあなたみたいにね。それで尋ねてきたのが、あのトンネルのことなんだ。これもあなたと一緒だった訳だね」

多田の話に、律子は早くも釘づけ状態となっていた。

とにかく、無性にあそこのことが知りたい…。
もうその気持ちの募りは、律子自身、理屈抜きで受け入れていたのだ。

...


「…その人は数年前に、知人の結婚式で静町の隣町に赴いたそうなんだが…。その帰りのことだった。一緒の車で来た医者仲間2人と、せっかくだから山間部周辺をドライブしてみようということになったそうだ。適当に車を走らせていったら、隠山トンネルに出たらしいんだが…」

ここで律子は、急に頭とまぶたがクラクラしてきた…

「…運転してたのは、40代のカラオケ好きの男だったらしくてね。なんか、宴席で歌い足りなかったせいか、トンネルの中で歌を歌いたいって言いだした。彼はうす暗いトンネルのほぼ中央で車を止め、運転席からおりた。そして大きな声でもち歌を歌いだした…」

律子にはその3人の情景が、はっきりと言っていいくらいのイメージで頭に浮かんだ。

クラクラの頭は一方で、極めて冴えていた…

...



”あのトンネル”…、隠山トンネルはつい数日前、往復2度通って、その時の肌感はしっかりと残っている。
いや…、本当のところ、時間を追ってその感覚がどんどん深くまで染み込んでくるほどの、そんな感覚に近かった。

「60代ともう一人の40代の医師は、酒が入っていたせいもあり、手拍子や合いの手を入れたりして盛り上げてたみたいでね。何しろトンネル内だから、エコーはハンパなかっただろうし、なかなか経験できないってこともあり、30分近く3人はそこにいた」

”あそこで30分も…”、これは律子の素直な気持ちだった

...


「…3人は気分良くトンネルの中でのひと時を過ごすと、一旦トンネルを出て、地蔵を超えたあたりでUタ-ンして帰った。その日は無事に…」

当然、律子には多田が言った”その日は無事に…”の一言が、この後の話の展開に向けた伏線であることは掌握できていた…。




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