息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
導かれる者たち/その3


多田は律子をじっと見つめながら答えた。

「”そういうこと”、だったようだ…。もっとも本人は記憶がおぼろげで、気が付くとそこにいたとね。しかも、隠山トンネルどころか静町など行ったこともなければ、どこにあるのかさえ全く知らなかったということだ。奥さんはトンネルに入った自覚はあるが、そこで何をしたか、どうしても思い出せなかったらしい」

「…」

律子は気がつくと、表門の駐輪場から移動して6、7M離れた木陰に止めてあるバイクに目をやっていた。

”またあの感覚に入ったみたい…”

律子はバイクを受け取った翌日の感覚に見舞われていた。
ちょっと目の前にもやがかかり、一種のデジャブっぽいシーンが途切れ途切れでスライドショーのように展開するのだ。

彼女の脳裏にめぐるデジャブらしきそれとは、いつか見たかなと思える見慣れぬ記憶であると同時に、イコール、今から聞く話で頭に描かれる”情景”でもあった。

...


「…奥さんはその数週間後も、また同じ行動を繰り返した。真夜中、赤いスーツで着飾って…。表通りでタクシーを拾い、運転手には静町までの道順をしっかり告げてね。そして家に戻った後は、前回同様、動物の長い毛のようなものが、何本も服についていたそうだ」

「狐…、のですね?」

「どうかな、それは…」

律子がこう尋ねることは予測していたように、多田はこれにはさらりと受け流した上で、話を続けた。

「…とにかく心配した夫は毎晩、めぼしき時間は眠らずに妻をじっと見守っていた。そして”次”が起きたその夜、夫は車で妻の乗ったタクシーをつけて行った。案の定、タクシーは静町に入った。そしてトンネルから数キロ離れた県道で降りたそうだよ。ところが…」

律子に脳裏には、その県道も靄がかかりながらも、かなりはっきりしたイメージが浮かんでいた。 

”岩山に囲まれてる場所で、バス停がある。…その脇には自動販売機も…”

それはまるでそこを通ったことがあるかのように、何ともすんなり頭に浮かんできた。

...


「…B氏が車から降りると、夜の闇に呑み込まれるかのように、彼の妻は既に姿を消していた…」

もうその後の展開は、デジャブのスライドショーで律子の脳裏に映り、多田の話の先を捉えていた。
最もそれは、あくまでもイメージとしてであったが…。

そしてそのイメージに多田の話が追い付くと、それは鮮明に律子の頭の中で情景が出来上がるのだった。

そう…、Bは妻が間違いなく”あのトンネル”に行ったと確信し、車を7、8分程走らせ”そこ”に着くと、予想した通り妻の姿は既に”そこ”にあった…。

「車より早く到着していた訳だよ。まあ、瞬間移動したとしか考えられないよなあ…」

”ううん、もう一つ考えられることがある…”

即座に律子がこの時考え及んだ”もう一つ”とは、一体…。





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