息霊ーイキリョウー/長編ホラーミステリー
死者からの手紙/その1
多田はA宅までの地図を書き終えて律子に渡すと、彼女は握手を求めてきた。
「ハハハ…、気が向いたらまた寄ってください。バイク、気を付けてね」
律子はにっこり笑って深くお辞儀をしたあと、木陰で一緒に多田の話を聞いていた”愛車”に跨り、庁舎の裏門を後にした。
多田はその後ろ姿を見届けると、正門の駐車場に回った。
そして、車のドアを開けようとしたところで、誰かに後ろから呼び止められた。
「多田さん…」
それは同じ教育委員会の同僚で、年は二回り近く離れている若い男性職員だった。
...
「…彼女との話、済んだんですか?」
「ああ、今さっきバイクでここを出たよ」
「そうですか…。あのう、たしか尾隠し地蔵と隠山トンネルのことを尋ねてきたんでしたよね、あの女性…」
「そうだよ。数日前、バイクのオークション取引でこの町に来たらしいんだ。その出品者、尾隠しに住んでるんで、あの地蔵の前で今日乗ってきたバイクの引き渡しを受けたそうでね。その彼とは、明日あたりにでも会うと言っていたよ」
「…実は、終業後に廊下で総務課の同期と立ち話しをしてたんです。で…、尾隠し地蔵のことを聞きに来た女性がいるってチラッと話したら、彼、教えてくれたんですよ。昨日、例の杉の大木で首吊ってる男性が発見されたって…」
「…」
「彼も他の課の人間から聞いたそうなんですが、地元の住民らしいんです。もしかしたらその男性…」
「まあ、その可能性はあるかな…」
多田はさらりとそう答えたが、内心、何やらモヤモヤとした嫌な気分を禁じ得なかった。
”携帯を所持していなかったんだから、宿を聞いとけばよかった…。Aさんと連絡とって、彼女にこの件を伝えるか…。いや、オークション相手を訪ねれば、それではっきりすることだし、余計なことは言わない方がいいか…”
多田は、今日のところは自殺者の件を告げることを見送ることにした。
だが、”あそこ”で首つり自殺があった翌日、地蔵とトンネルにあれほど関心を持つ律子がこのタイミングで遠路訪れたことが、無性に気にかかっていた…。
...
律子の宿泊先は、役場からさほど遠くないビジネス旅館だった。
夜7時半過ぎに到着し、思いの他豪勢だった夕食を済ませ、今、部屋でシャワーを浴びている。
あの後…。
役場を出た律子はAの家を訪れ、彼と会うことができた。
Aの住まいは山に囲まれた立地ではあるが、周辺には民家が散在し、道もさほど狭くない平坦な一角だった。
Aは律子を歓迎した。
室内に通された律子はAから話を聞くだけでなく、自らも”いろいろ”と語った。
二人の話は約40分程度だったが、彼女にとってはとても濃密な時間であり、実際、”実”のある会話であった。
”よかった…。今日、この人と話ができて。明日はまず向井さんの家に行く”
Aが尾隠れの地と向き合う真意を知り、その姿を自分の目に刻んだことで、彼女は向井祐二の家に赴く”準備”が整ったという安堵感を持つことができたのだ。
”自分と彼には、どんな繋がり方が運命つけられていたのか…、それ、薄々想像していた通りかもしれない…”
律子はどことなく救われた気分を抱きながら、寝床に着いた。
長距離の運転と、何人もの人と会ったことで疲れていたせいか、気が付くと律子は穏やかな寝息をたてていた。
外に置いてある愛車が、”あの”悪臭を再び放っていることなど知る由もなく…。
多田はA宅までの地図を書き終えて律子に渡すと、彼女は握手を求めてきた。
「ハハハ…、気が向いたらまた寄ってください。バイク、気を付けてね」
律子はにっこり笑って深くお辞儀をしたあと、木陰で一緒に多田の話を聞いていた”愛車”に跨り、庁舎の裏門を後にした。
多田はその後ろ姿を見届けると、正門の駐車場に回った。
そして、車のドアを開けようとしたところで、誰かに後ろから呼び止められた。
「多田さん…」
それは同じ教育委員会の同僚で、年は二回り近く離れている若い男性職員だった。
...
「…彼女との話、済んだんですか?」
「ああ、今さっきバイクでここを出たよ」
「そうですか…。あのう、たしか尾隠し地蔵と隠山トンネルのことを尋ねてきたんでしたよね、あの女性…」
「そうだよ。数日前、バイクのオークション取引でこの町に来たらしいんだ。その出品者、尾隠しに住んでるんで、あの地蔵の前で今日乗ってきたバイクの引き渡しを受けたそうでね。その彼とは、明日あたりにでも会うと言っていたよ」
「…実は、終業後に廊下で総務課の同期と立ち話しをしてたんです。で…、尾隠し地蔵のことを聞きに来た女性がいるってチラッと話したら、彼、教えてくれたんですよ。昨日、例の杉の大木で首吊ってる男性が発見されたって…」
「…」
「彼も他の課の人間から聞いたそうなんですが、地元の住民らしいんです。もしかしたらその男性…」
「まあ、その可能性はあるかな…」
多田はさらりとそう答えたが、内心、何やらモヤモヤとした嫌な気分を禁じ得なかった。
”携帯を所持していなかったんだから、宿を聞いとけばよかった…。Aさんと連絡とって、彼女にこの件を伝えるか…。いや、オークション相手を訪ねれば、それではっきりすることだし、余計なことは言わない方がいいか…”
多田は、今日のところは自殺者の件を告げることを見送ることにした。
だが、”あそこ”で首つり自殺があった翌日、地蔵とトンネルにあれほど関心を持つ律子がこのタイミングで遠路訪れたことが、無性に気にかかっていた…。
...
律子の宿泊先は、役場からさほど遠くないビジネス旅館だった。
夜7時半過ぎに到着し、思いの他豪勢だった夕食を済ませ、今、部屋でシャワーを浴びている。
あの後…。
役場を出た律子はAの家を訪れ、彼と会うことができた。
Aの住まいは山に囲まれた立地ではあるが、周辺には民家が散在し、道もさほど狭くない平坦な一角だった。
Aは律子を歓迎した。
室内に通された律子はAから話を聞くだけでなく、自らも”いろいろ”と語った。
二人の話は約40分程度だったが、彼女にとってはとても濃密な時間であり、実際、”実”のある会話であった。
”よかった…。今日、この人と話ができて。明日はまず向井さんの家に行く”
Aが尾隠れの地と向き合う真意を知り、その姿を自分の目に刻んだことで、彼女は向井祐二の家に赴く”準備”が整ったという安堵感を持つことができたのだ。
”自分と彼には、どんな繋がり方が運命つけられていたのか…、それ、薄々想像していた通りかもしれない…”
律子はどことなく救われた気分を抱きながら、寝床に着いた。
長距離の運転と、何人もの人と会ったことで疲れていたせいか、気が付くと律子は穏やかな寝息をたてていた。
外に置いてある愛車が、”あの”悪臭を再び放っていることなど知る由もなく…。