※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
(でも)


 今しがた男性が口にしたこと――『悪魔に魅入られれば、元には戻れなくなる』という言葉が、サラの心に突き刺さる。

 本当にアザゼルはもう元には戻らないのだろうか。サラが大好きだった、優しくて穏やかでいつも笑顔なアザゼルには、もう会えないのだろうか。 


「私の婚約者が変わってしまったんです。まるで悪魔に憑りつかれたかのように――――」


 気づけばサラの口は勝手に動き始めていた。男性はサラをまじまじと見つめ、時折頷きながら話を聞いてくれる。やがてすべての事情を話し終えると、男性は目を細めて笑った。


「なるほどね。お嬢さんの事情は分かったよ」


 男性はサラの隣に腰掛けると、小さくため息を吐いた。けれどサラを迷惑に思うだとか、そういった表情ではなく、どうしたものか考えあぐねているかのような、そんな表情だ。


「――――――婚約者さんが変わってしまってから話をしたのは、一度きりかい?」


 ややして、男性はポツリとそう尋ねた。サラは首を傾げながらもコクリと頷く。


「はい。先程、婚約破棄を主張されたのが最初で最後です」

「だったら、その本を開く前にもっとその婚約者さんと話さないとね」


 男性はサラの前に置かれたままになっていた本を手に取ると、徐に立ち上がった。


「そうすればきっと、今はまだ見えないものが見えてくるから。この本を開くのは、その後にすればいい」


 男性の言葉を聞いて、サラは残念なような、それでいてホッとしたような、複雑な気持ちだった。この本を読めば手がかりが掴めるかもしれない。そう思ったのは本当だが、やはり恐怖心は拭えなかった。誰かに止めてほしい気持ちもあったのかもしれない。
 男性は穏やかに目を細めると、サラに笑いかけた。


「私はいつでもこの図書館にいるから。何かあったらいつでも話し掛けると良い」


 そう言って男性は、本を持ってどこかへ行ってしまった。

 気が付けば窓の外は真っ暗だった。あちこち動き回ったためか、気疲れのためか、サラの口からため息が漏れる。


(取り敢えずはあの人の言う通り、アザゼルともっと話してみることから始めようかな)


 そんなことを思いながら、サラは図書館を後にした。


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