落ちこぼれ白魔術師ですが、潜伏先の幻獣の国で賢者になりました ~絶対に人間だとバレてはいけない、ドキドキスローライフは溺愛付き~
 その日の夜半過ぎ。 
 私は迷いの森の奥に置き去りにされた。夜の闇と霧とが混在する不思議な世界は、いつ幻獣が出て来てもいいような雰囲気がある。縄でぐるぐるに縛られて、どうにも動けない私は、ただ深淵の暗闇を見つめていた。
 明かりもない。音もない。湿った匂いが微かに鼻を掠める以外は、なんの情報もない。
 そのうち幻獣が私を見付けて、引き裂くのだろうか。
 幻獣の王は人間嫌いのようだし、昼間出会ったホミも「人間なのに助けてくれるの?」と驚いていた。幻獣の国では、人間は歓迎されない存在なのだ。
 ああ、せっかく学んだ白魔術も、役立てることなく終わってしまうのね。
 そう考えると、師匠ライガンと兄ダルシアの顔が脳裏に浮かんだ。頑張って修業した日々、厳しいけど本当は優しいライガンと頼もしいダルシアと共に過ごした五年間。走馬灯のように巡る思い出は私を感傷的にさせると同時に、勇気も奮い起こさせた。
 負けるものか。どんな状況でも、諦めたら負け。だから……。
 私は芋虫のように体をずらし、少しずつ移動する。真っ暗でどこに向かっているかはわからないけど、留まっているより動いていたほうが気が楽だ。
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