ウィザードゲーム〜異能バトルロワイヤル〜

『……ね、よかったら俺の拠点おいで。記憶が戻るまで守ってあげる』

　孤独に飲み込まれた夜、迷わず手を差し伸べてくれた彼。

『やれ！　小春！』

　最後まで、自分ではなく小春たちのことを優先してくれた。

　何度忘れても、彼は怒りも責めもしなかった。
　身に余る優しさを注いでくれた。

　“ありがとう”も“ごめんね”も、全然足りない。
　もう届かないと分かっていても、涙の隙間で何度も唱え続けた。

　悲しみと虚しさで心に穴が空いたようだった。

　明日には、そんな彼のことも忘れてしまう。

　────着替えを運んできた紅は、脱衣所の扉に手をかける。
　抵抗なくすんなりと開いた。

「……鍵はあると言ったのに無防備だな」

　そんなことを呟きつつ、たたんだ服をバスケットに入れておく。

　ふいに、浴室の扉越しにすすり泣く声が聞こえてきた。

　彼女の置かれた状況や心情を思えば、当然なのかもしれない。

「…………」

　少しだけ迷ったものの、結局何も言わずにリビングへ戻った。



　22時を回った頃、小春は布団の上に座っていた。
　あとは眠るだけ。……だけど、眠りたくない。

　ふいにノックが聞こえたかと思うと、蓮が顔を覗かせる。

「どうかしたの？」

「……別に、様子見にきただけだ」

「そう……？」

　ふと、静寂が落ちる。
　秒針の音がそれを埋めていく。

　小春といられて嬉しいはずなのに、もう少し一緒にいたいはずなのに、何だか妙に居心地が悪い。

「…………」

「…………」

　くすぐったいような焦れったいような、この微妙な空気感は何だろう。
　耐えられなくなった蓮は負けた。

「……じゃ、俺戻るわ。おやすみ、また明日な」

　半ばまくし立てるように言うと、きびすを返して取っ手に手をかける。

　とっさに立ち上がった小春は、思わずその裾を掴む。

「小春？」

　振り返るに振り返れず、蓮は戸惑った。
　どうしたのだろう。

「忘れたくない……」

　泣きそうなほど小さな声でこぼす。

「怖くないのは本当。蓮がいるから。でも、蓮やみんなのこと、忘れちゃうのはもう嫌だよ。忘れたくないの」

　その本心を聞き、瞳が揺れたのを自覚する。

　────小春に忘れられたとき、目の前が真っ暗になった。

　ショックと絶望に打ちひしがれて、ぶつけようのない激情に苛(さいな)まれた。

　苦しかった。辛かった。
　そんな言葉では到底表しきれないけれど、とにかくやるせなかった。

　ひどく腹が立った。
　小春にではなく、そんな状況に。彼女の記憶を奪った運営側に。

　これまで小春と過ごしてきた時間、紡いできたすべてを、否定されたような気がした。

　けれど、何より辛いのは彼女本人のはずだ。

　その日、どれだけ丁寧に思い出を築き上げても、次の日には跡形もなく崩れてしまう。

「……分かった」

　そう言うと、振り向いた蓮は小春の手を取る。

「じゃあ、眠らないでいよう」

　その手を引いて、布団の上に並んで座った。

「俺もここにいるから、朝まで話そうぜ」

　小春はわずかに目を見張る。

　……蓮らしい。
　焦りや不安で強張っていた心が、じんとあたたかく震える。

「うん……！」

　いつだってそうだ。
　彼は、沈んでいた心をすくい上げてくれる。