冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~

 私はぺたん、と玄関の床に座り込む。ひんやりとした白い大理石の感覚が、全身を包む。

 ……どれだけそうしていただろう。

 のろのろと立ち上がろうとしたとき、玄関が開く。顔を上げると、スーツ姿の直利さんが目を丸くして私を見ていた。

「……ぁ」

 悲しくて、目の奥が熱くなる。
 ずっとあなたは、私を騙していたの。
 詰ろうとするのに、それより先に直利さんが動いた。
 私を壊れ物みたいに抱きしめ、頬に手をあてる。

「どうしたんだ、こんなところで……! 冷えているな。体調でもよくないのか?」

 そう言いながら私を抱き上げた直利さんは、廊下を通りリビングに入る。
 ソファへゆっくりと下ろし、自分は床に膝をついて私を覗き込んだ。

「すまなかった、こんなときにひとりにして。食欲はあるか?」

 ぶんぶんと首を振りながら、覚悟が鈍らないうちに言う。先に言わなきゃと思った。黒部総理の退陣が公になれば、彼はもとの冷たい口調で私に離婚届を突きつけるだろう。

「……あの、別れて、もらえませんか」
「ん?」

 そう答える直利さんの声はひどく優しいのに、スッと消えた表情は氷点下を思わせるものだった。怯みそうになる心を叱咤して続ける。

「離婚してください。これ以上ご迷惑をかけるわけには」
「迷惑だなんて思うわけがないだろう?」

 直利さんがゆっくりと目を細めた。

「そ、祖父は、退陣するそうです……なので、私には」

 声が震えた。頭の中がぐちゃぐちゃで、目眩さえしていた。

「私にはもう、利用価値なんか……」

 最後まで言い切れなかった。
 唇をキスで塞がれたから。

「ん────……ッ!」

 貪る彼の動きは、今までにないほどに苛烈だった。舌で舐め回され、甘く噛まれ、唾液を飲み込まされて。

「ああ、君は……、まだわかってないんだな。自分が誰のものか」
「なん、のっ、話を……」

 目の前がぐらぐらする。
 直利さんは明らかな怒気を内包した視線で私を睨みつける。

 怖い、と思った。

 身体の芯が震える。
 なのに同時に嬉しくてたまらない。
 別れると言ったら、怒ってくれた。まるで私に執着しているみたいに……

「……由卯奈?」

 ふと、直利さんの声が細く掠れる。

「由卯奈、どうした」

 慌てたように彼が私を覗き込む。反転して、天井が見えた。

「由卯奈、由卯奈」

 なにかに怯えるように、彼が何度も私を呼ぶ。返事をしようと思うのに、身体に力が入らない。
 なに、これ……?
 視界がどんどん暗くなる。
 悲鳴のように彼が私を呼ぶのが、最後に聞こえた。
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