二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
 涼は、香澄が唯一聞かせてくれた水族館の話を思い出した。
 ラッコを見たがった香澄のために、家族が動いたこと。
 その話をした香澄が、悲しげな表情を見せてから、別の話題をするように促したこと。

「自分の文章で他の女の子たちが幸せになって欲しい」

 涙を流しながらも、その香澄の目がダイヤモンドよりもずっとキラキラ輝いていたこと。
 この瞬間がまさに、涼が香澄にグッと心掴まれた瞬間であった。でも、その裏にどれだけの悲しみがあったのか、涼はまだ知らなかった。この時まで。

「拓人は、知っているのか?」

 何故、香澄がそこまで自分を主役にしたがらないのか。
 自分自身の人生を諦めたような言い方をするのか。

「あんたは、会ったんでしょう?香澄の母親に」
「…………ああ……」

(香澄を支配しようとしていた、あの毒親のことか)

 最初は、香澄に近づくための絶好の好機だと思った。
 再婚相手の遺産相続トラブル。
 揉めないはずがない案件だ。
 金、愛憎と、人間の汚い欲望の全てが詰め込まれた、まさに開けてはいけないパンドラの箱にもなりかねない。
 その中心人物に香澄の身内がいると知った時は、何としても自分の元にその案件が来るようにしたかった。
 こういう、感情むき出しになりやすい案件ほど、弁護士選定が重要になってくるから。
 有能でなければ、すぐに相手の弁護士に食われてしまう。弁護士の采配1つで、関係者の人生が大きく左右されてしまう。
 涼は可愛い香澄に被害が及ぶのだけは許せないという気持ちと同時に、このきな臭い案件をどうにか利用できないかを瞬時に計算した。
 そうして、手繰り寄せたのが今日の再会だったのだが……。

(あの豚女……可愛い香澄に何度も暴言を吐きやがって……)

 香澄の母親は、自分がどれだけ被害者だったかを、切実さを訴えるように涼にアピールしてきた。だが、涼の怒りを生み出し、増幅させていったのは、その合間合間に放つ香澄への暴言だった。
 何故香澄を一人で暮らさせていたのか。それは今回死んだという相手の男に香澄が懐こうとしなかったから。
 そんな言葉から始まった、香澄の母親の暴言は止まらなかった。
 香澄という子供がいなければ、もっと自分はお金持ちになれたかもしれないのに。
 香澄がもっとしっかりしていれば、自分は再婚せずに済んだかもしれないのに。
 そんなことを、真横にいる香澄の顔色1つ確認せず話し続けた。
 そして香澄の母親はこう言い放ったのだ。

「この子が、もっと早く気づいてくれたら、この子の父親は死ななかったかもしれないのに」

 その言葉を聞いた香澄の表情を、涼は一生忘れることはできないと思った。
 このまま香澄は、この女の言葉で殺されてしまうのではないだろうか。
 そんな恐怖を抱いた瞬間だったから。
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